翻訳で消えたもの

英語の日本料理レシピは何を間違えているのか:ずれが生まれる6つの理由

みりんの代わりに米酢、照り焼きは瓶入りのソース、日本のカレーはインドカレーの一種。英語圏のレシピが元の料理から離れていく6つの仕組みを、日本語の一次資料で確かめます。

色の違う3種類の醤油を入れた小皿。濃い色の濃口、淡い琥珀色の淡口、ほとんど黒いたまり。

英語圏で日本料理を作る人には、よくある体験があります。英語のレシピどおりにていねいに作ると、ちゃんとした料理にはなる。けれども、日本で食べた味とも、友人の母親が作ってくれた味とも違う。失敗したわけではありません。レシピが説明していたのが、そもそも別の料理だったのです。

これは偶然ではなく、決まった形で起きています。原因は謎めいたものではなく構造的なもので、数えるとおよそ6つあります。

このサイトでは、英語圏で語られている日本料理を、日本語の一次資料までさかのぼって確かめています。国税庁が公開している酒税法上のみりんの定義、ハウス食品の技術的な解説、農林水産省の調味料の比率、1872年の料理書2冊、1908年の海軍の料理教科書などです。どれも日本の消費者に向けて書かれたもので、ほとんどに英語版がありません。

アメリカの料理への文句ではありません。取り上げる料理のなかにはとてもおいしいものもあり、ひとつはハワイの郷土料理と呼んでもよいもので、まがい物扱いされるいわれはありません。言いたいのは、自分がどの料理を作っているのかを知れば料理がよくなる、ということです。


理由1:手に入らない材料の代用品が、レシピそのものになる

いちばん多いずれは、もっともな工夫から始まります。材料が手に入らないので、レシピが代用品を勧める。その代用品が書き写される。やがて代用品が最初からの材料のようにレシピに書かれ、代用だったことは忘れられます。

いちばんわかりやすいのがみりんです。 英語圏の定番の代用は「米酢と砂糖」で、もともと酸味のない料理に酸味を足してしまいます。本みりんはアルコール分約14%、糖分約45%の調味料です。伝統的な本みりんでは、米こうじの酵素がもち米のでんぷんを分解して糖をつくります。量産品の本みりんには糖類を加えたものもありますが、酸味はもともと設計に入っていません。

日本には、酸を加えて作る甘い調味料もあります。みりん風調味料です。酒税法でみりんは酒類に分類されますが、みりん風調味料は法律上は食品で、ミツカンの商品は原材料に「醸造酢/酸味料」と表示しています。

つまり英語圏の代用は、本みりんよりも、日本でみりんとは別に売られている区分のほうに近いのです。

アメリカで手に入る「mirin」の瓶を見ると、話はさらにずれます。このシリーズで調べたアメリカで広く売られている4商品のうち、3つにコーンシロップ、3つに食塩が入り、1つには酢と高果糖コーンシロップの両方が入っていました。 本みりんにいちばん近いのは宝酒造のアメリカ向けみりんで、アルコール分12%を保ち、酒類として売られています。ただし糖はこうじでつくったものではなく、コーンシロップとぶどう糖として加えられています。米、米こうじ、焼酎だけで、塩も酢も使わない伝統的な造りのものは、ひとつもありませんでした。

→ 「みりんの代わりに米酢」は誤り


理由2:調理法が「商品」として伝わる

日本の料理用語には動作を表すものがあります。英語はそれを物として受け取りがちです。しかも多くは、瓶に詰めて売れる物として。

照り焼きがその例です。日本の主な辞書は、照り焼きを調理法として定義しています。先にたれに漬けることもありますが、決め手は、焼きながらたれを塗り、つやを出すことです。名前は表面の見た目を表しています。

1961年、キッコーマンはアメリカ市場向けに開発した醤油ベースのバーベキューソースの輸出を始めました。商品名は Teriyaki Barbecue Marinade。この「マリネード(漬け込み用のたれ)」という言葉に、ずれがよく表れています。日本の作り方では下準備にすぎない漬け込みが主役になり、名前の由来であるつや出しは、なくてもよいものになりました。

このずれが見えると、ほかの違いの多くも偶然ではないとわかります。焼く前にしみ込ませるためのたれと、最後に表面で煮詰めるためのたれは、別の商品です。

→ 照り焼きは「ソース」ではない


理由3:「本場の味」が、別の伝統に貼られる

英語圏で日本料理と呼ばれているものの多くは、実は移民の料理です。日本人や日系アメリカ人、ほかの移民の人々が海外で生んだ料理で、記録の残るれっきとした歴史があります。間違いはそれを作ることではなく、「本場の日本料理(authentic Japanese)」と呼ぶことです。それは起源についての主張だからです。

アメリカのテリヤキには、よく挙げられる中心地が2つあり、どちらも日本ではありません。

  • 1950年代半ばのハワイ。 エワで養鶏会社を共同経営していたアーニー・モルガド(Ernie Morgado)とマイク・アサギ(Mike Asagi)が、モルガド家のレシピをもとにした照り焼き風のたれで鶏を焼き始めました。これがのちのフリフリチキンです。モルガドはレシピを公表していません。その後に出回ったレシピは、たいていパイナップルジュース、ケチャップ、醤油、はちみつかブラウンシュガー、ごま油、しょうが、にんにくを使います。醤油以外は、日本の辞書の定義には出てきません。
  • 1976年以降のシアトル。 シアトルのテリヤキは一般に、1976年にロウワー・クイーン・アン地区で小さなテリヤキ店「Toshi’s」を開いたトシヒロ・カサハラ(Toshihiro Kasahara)氏にさかのぼるとされます。1980年代からは韓国系の店主が多くの店を開いたり買い取ったりし、1990年代後半には、市内のテリヤキ店はマクドナルドの店舗より多かったといわれます。日本の食品業界紙のコラムは、その結果をこうまとめています。

韓国人による、アメリカ人のための、日本のテリヤキ — 日本食糧新聞

フリフリチキンはハワイの料理です。シアトルのテリヤキは太平洋岸北西部に根づいた食文化です。どちらも何かの劣化コピーではありません。ただ、日本の辞書に載っている料理ではない、というだけです。


理由4:コピーのコピー

英語のレシピは、英語のレシピを参照して書かれがちです。一回ごとの変更はもっともでも、ずれは積み重なります。参照先が同じ言語なので、誰かが元の資料に戻って確かめる機会が、自然には生まれません。

一方、日本語のウェブには、英語圏の議論にほとんど入ってこない資料がたくさんあります。

  • メーカーが本格的な技術資料を公開しています。 宝酒造は、加熱中のペクチンの溶け出しをアルコールが抑えることを、学術文献を引き、電子顕微鏡写真をつけて説明しています。ハウス食品は、ぐらぐら煮立った鍋にルウを入れると小麦粉の膜ができて溶けないと説明し、エスビー食品は、小麦のでんぷんが60℃で糊化し始めるので、80℃以下に下げてからルウを入れるよう勧めています。エスビー食品の研究開発部門は、玉ねぎを炒める時間で甘みがどう変わるかの官能評価のデータも公開しています。
  • 行政が規格や比率を公開しています。 農林水産省は調味料の「黄金比」を紹介しています。酒税法はみりんを定義し、国税庁がその定義を公開しています。JASは醸造酢の酸度の下限を定めています。
  • 企業が自社の歴史を、ときに率直に公開しています。 キッコーマン国際食文化研究センターは、はっきりこう書いています。

「Teriyaki」はアメリカ人が開発した料理 — キッコーマン国際食文化研究センター

アメリカの料理を指すために、あえてローマ字で「Teriyaki」と書いています。

どれも隠された情報ではありません。日本語で書かれ、基本を知っている国内の消費者向けなので、英語で書く人の目にはなかなか届かないのです。

この溝を埋めることが、このサイトの存在理由のほとんどです。


理由5:料理が、違う「家系」に分類される

ずれの原因が材料や言葉ではなく、料理を系統樹の違う枝に置いてしまうことにある場合もあります。

英語圏では、日本のカレーはインドカレーの一種として扱われがちです。けれども、日本のカレーはインドカレーの変種ではありません。 イギリス経由で、小麦粉でとろみをつけたシチューのような料理として日本に入りました。日本で知られている最も古いカレーの作り方は、1872年の料理書2冊に載っていて、すでに小麦粉を使っています。しかもどちらも西洋料理の本です。1908年の海軍の料理教科書は、牛脂で小麦粉を「狐色」になるまで炒めてからカレー粉を加えると書いています。フランスやイギリスのブラウンソースやシチューの土台になる、色づけたルウです。

ハウス食品は、ルウという言葉がフランス語の roux(赤茶色)から来ていると説明しています。

系統樹の上では、日本のカレーはインドカレーより、ビーフシチューにずっと近いのです。 そう考えると、カレー粉と小麦粉を合わせるという英語圏のアドバイスも、間違いではなく、足りないだけに見えてきます。日本の家庭のカレーは市販のルウで作るもので、その中でカレー粉は重量順で6番目の原材料、油脂、小麦粉、砂糖、食塩、でんぷんの後ろだからです。

→ 日本のカレーはインドのカレーではない


理由6:日本がひとつの台所として扱われる

英語のレシピは「soy sauce」「miso」を、それぞれひとつのもののように書きます。日本ではどちらも種類の集まりで、どれを使うかは住んでいる地域で大きく変わります。それぞれの地域では自分の醤油が単に「醤油」なので、日本の中にいても気づきにくい違いです。

醤油には少なくとも5つの種類があります。 しょうゆ情報センターによると、出荷量の約84%が濃口、約13%が淡口で、たまり、再仕込み、白が残りを占めます。英語では淡口を「light soy sauce」と呼ぶため、塩分が少ないと誤解されやすいのですが、淡口は濃口より塩分を約10%多くして発酵を抑え、色を淡く保っています。「light」は色のことで、塩分のことではありません。たまりは主に中部地方で造られ、JAS規格では少量の小麦を含むことも認められています。5種類の比較は日本の醤油はひとつではないにまとめました。

醤油を甘くする地域もあります。 キッコーマンの研究開発部門がスーパーの販売データ(2011〜2013年)を分析したところ、九州で使われる醤油は他地域より「圧倒的に」甘く、次に甘い中国・四国地方のほぼ2倍でした。甘さは加えた糖類と甘草由来の甘味料によるもので、地域のサンプルからは混合醤油の原料になるアミノ酸液も検出されています。始まりは場所によって違います。福岡の炭鉱地帯のある醸造元は、1910年代に売れ行きが振るわなかったあと、炭鉱で働く人に甘い醤油を売り始めました。一方で研究者は、より広い普及を戦中・戦後に結びつけています。混合醤油に甘味料が使われ、九州の消費者がそれを選び続けたというのです。江戸時代の長崎からの「シュガーロード」に沿った砂糖好きの土地柄が背景としてよく挙げられますが、甘い醤油の瓶そのものは20世紀に生まれたものです。四国、北陸、東北の沿岸の一部にも甘い醤油があります。九州の家庭のレシピを標準的な濃口で作ると、思ったより甘くならないかもしれません。詳しくは九州の甘い醤油で。

みそも同じように多様です。 農林水産省によると、日本のみその生産量の約85%が米みそです(2020年)。麦みそは主に九州と、四国・中国地方の瀬戸内沿岸で、豆みそは八丁みそのように東海地方で造られます。塩分の幅も大きく、日本食品標準成分表では甘みそ(白)が100gあたり食塩約6g、赤色辛みそが約13gと、2倍以上の差があります。英語のレシピの「white miso」は、京都風の甘い白みそのことも、色は淡くても塩辛いみそのこともあり、両者は置き換えられません。

色の東西差も同じです。「東の濃口、西の淡口」のとおり、東京のうどんのつゆは濃い醤油色、大阪は淡いだしの色で、日清食品は「どん兵衛」を東日本向けと西日本向けで別々に売っています。

英語圏の読者に伝えたいのは、日本のレシピの味が合わないとき、間違いがあるとは限らないということです。そのレシピは、別の地域の醤油やみそを前提に書かれていただけかもしれません。


このサイトが英語圏の読者に勧めている6つの確認

英語圏の読者には、次の6つの習慣でずれの大半を見抜ける、と書いています。

その言葉が料理名か、調理法かを確かめる。 煮物、焼き物、揚げ物は調理法で料理を呼ぶ名前で、照り焼きは仕上げ方の名前です。それを瓶入りの商品として扱うレシピは、何かを平らにしてしまっています。

棚の札ではなく、瓶の表示を見る。 日本の調味料として買うものは原材料表示を読む。「mirin」にコーンシロップ、食塩、酢が入っていれば、伝統的な本みりんではありません。

「authentic(本場の)」を疑う。 どこの、いつの本場なのかを問う。1950年代のハワイの料理としては完全に本物でも、日本の家庭料理とは関係がないことがあります。

代用がレシピになっていないか気づく。 材料表に日本特有の材料がひとつもなければ、翻訳ではなく、代用の積み重ねを見ているのかもしれません。

「カップ」の意味を確かめる。 計量スプーンは日米でほぼ同じです(日本の大さじは15mL、アメリカは約14.8mL)。けれども日本の計量カップは200mLで、アメリカの1カップより約15%小さい。炊飯器についてくるカップはさらに小さく、1合で約180mL、アメリカのカップのおよそ¾です。日本のレシピの「1カップ」をアメリカのカップで量ると、約18%多くなります。

どの地域のレシピかを確かめる。 京都のレシピの「醤油」は淡口のことが多く、九州のレシピなら甘い醤油かもしれません。「みそ」も、塩分6%の甘い白みそから13%の赤みそまで幅があります。


よくある質問

英語圏の日本料理のレシピは、なぜ元の料理からずれるのですか。 材料が手に入らないための代用が定着すること、調理法が商品として売られること、移民の料理が「本場の日本料理」と呼ばれること、英語のレシピどうしの書き写し、料理の系統の取り違え、日本の地域差の見落とし、の6つが主な原因です。

アメリカで売られている「mirin」は本みりんですか。 このシリーズで調べた4商品のうち、米、米こうじ、焼酎だけで造る伝統的な本みりんはありませんでした。3つにコーンシロップ、3つに食塩が入っていました。

アメリカのテリヤキやフリフリチキンは「偽物」なのですか。 いいえ。ハワイやシアトルで記録の残る歴史を持つ、それぞれの土地の料理です。問題は、それを本場の日本料理と呼ぶことです。


シリーズ一覧

この記事は、最初のシリーズ翻訳で消えたものの入り口です。最初の3本は次のとおりです。

  1. 「みりんの代わりに米酢」は誤り:みりんとは何か、定番の代用がなぜ入っていない材料を足してしまうのか、手元の瓶が本物かどうかの見分け方。
  2. 照り焼きは「ソース」ではない:商品ではなく調理法。アメリカのテリヤキの本当の出どころと、つや出しの仕組み。
  3. 日本のカレーはインドのカレーではない:イギリス経由のシチューという素顔、ルウの中身、メーカーの公開情報にもとづく一から作る方法。

ほかのシリーズ

どうしても思った味にならない料理があれば、お知らせください。


この記事の調べ方

この記事はシリーズの3本の記事をまとめたもので、数値は下に挙げた日本語資料と公的な資料、各記事の資料によっています。調査や市場の数値は、年と基準を添えています。引用は短くとどめています。アメリカのみりんの商品情報は、メーカー自身の表示と商品ページによります。

参考資料

「翻訳で消えたもの」のほかの記事