日本の台所はひとつではない

九州の甘い醤油は「出島の砂糖」のおかげか:英語圏の通説と日本の研究

英語圏では九州の甘い醤油を、長崎の砂糖貿易で説明し、インドネシアのケチャップマニスと同じ「sweet soy sauce」と呼びます。ラベルの中身と、甘くなった時期を日本の研究で確かめます。

つやのあるぶりの刺身に、大根のつまと大葉を添えた皿。横に醤油の小皿がある。

英語で「sweet soy sauce」と書けば、ふつうはインドネシアのケチャップマニス(kecap manis)を指します。九州の甘い醤油の由来について、英語圏でよく見る説明は昔の貿易です。長崎に入ってきた砂糖、ときにはとくに出島のオランダ商館を挙げます。

ある英語のガイドは、甘い醤油は「おそらくこの交流から生まれた」と書いていますが、出典は示していません。日本の研究をたどると、答えはもっと新しく、地域によって時期も違います。九州の甘い醤油は、20世紀に広まったものです。

要点

  • キッコーマンの分析では、九州で使われる醤油の甘さは、2番目以降の地域の2倍近くあります。
  • 甘さは砂糖類に加え、甘草やステビアなどの高甘味度甘味料によるものです。
  • 福岡の筑豊炭田では戦前から、大分や鹿児島では戦後に甘くなったとする資料があります。
  • 長崎の「シュガーロード」は背景であって、直接の原因とは示されていません。
  • ケチャップマニスとは名前が同じだけで、糖の量も性質も別の調味料です。

どれくらい甘いのか

キッコーマンの研究者は、2011〜2013年の日経POSの販売データと、全国10地域で売られている醤油の分析を組み合わせました。甘さは、糖類と甘草の甘味成分グリチルリチンを、ブドウ糖に換算して合計した値で比べています。

九州で使用されるしょうゆは他の地域に比べ圧倒的に甘味が強く、2番目以降の地域に2倍近い値を示した — 大友ほか、キッコーマン『FOOD CULTURE』No.26

次に甘いのは、海を挟んだ中国・四国でした。同じ研究によると、九州では上位5商品の販売シェアが19.1%で、10地域のなかでもっとも低く、近畿は49.4%でした。全国ブランドより地元の銘柄が多いことをうかがわせますが、研究自体はこの数字を解釈していません。

鹿児島では、関東の醤油は塩辛くて口に合わないと人々が口をそろえて言う、と2人の研究者が書いています。観光客向けに、普通の濃口と地元の甘いさしみ醤油の2本を置く店もある、と書く日本の研究者もいます。

ラベルに何が書いてあるか

九州のメーカー5社の甘い醤油を、2026年10月時点の各社商品ページの原材料表示から並べました。配合は変わることがあるので、手元の瓶で確かめてください。

商品メーカー(県)種類糖類高甘味度甘味料増粘剤表示の炭水化物
あまくちさしみフンドーキン醤油(大分)本醸造、JAS特級砂糖混合ぶどう糖果糖液糖サッカリンNa、甘草、ステビアキサンタン100gあたり14.2g
さしみしょうゆ 九州あまくち富士甚醤油(大分)本醸造、特級果糖ぶどう糖液糖、砂糖ステビア、甘草グァーガム15mLあたり2.1g(100mLあたり約14g)
特級うまくちさしみニビシ醤油(福岡)本醸造こいくち、JAS特級砂糖、ぶどう糖果糖液糖甘草、ステビアキサンタン100mLあたり16.2g
超特選甘露さしみチョーコー醤油(長崎)こいくち、JAS特級(本醸造との記載なし)水あめ、砂糖甘草記載なし100mLあたり31.4g
おさしみ 霧島(あまくち)富士甚醤油(大分)混合(アミノ酸液が最初に記載)砂糖、果糖ぶどう糖液糖サッカリンNa、ステビア、甘草記載なし15mLあたり1.5g(100mLあたり約10g)

比較のため、日本食品標準成分表では普通の濃口醤油は100gあたり炭水化物7.9g、食塩相当量14.5gです。富士甚の100mLあたりの値は当サイトの換算です。商品ページには一括表示の「名称」欄が出ていなかったため、種類の欄は各社の説明と、アミノ酸液の記載の有無によっています。

甘味料の組み合わせはほぼ決まっています。 砂糖、異性化液糖、水あめといった糖類に、甘草、ステビア、サッカリンのいずれか、または複数を組み合わせます。メーカーのページでラベルを確認した九州の甘い醤油7本のうち、5本がステビアを使っていました。

本醸造でも甘味料は入ります。 上の表で3本は本醸造をうたっていますが、糖類も甘味料も入っています。

混合醸造のものと、そうでないものがあります。 しょうゆ情報センターの説明では、混合醸造方式の醤油は、醸造した醤油にアミノ酸液などを加えたものです。キッコーマンの分析では、地域のサンプルとして九州(と中国。四国は不検出)の醤油からアミノ酸液が検出されました。ただし個々のラベルを見ると一律ではありません。富士甚の霧島はアミノ酸液が最初に書かれていますが、フンドーキン、富士甚の九州あまくち、ニビシのさしみ醤油は本醸造です。

「アミノ酸」の表示は2種類あります。 確認した商品はすべて「調味料(アミノ酸等)」を使っています。これはうま味調味料で、混合醸造の原料であるアミノ酸液とは別物です。

とろみをつけたものもいくつかあります。 キサンタンやグァーガムです。ニビシはさしみ醤油を「とろみがついて素材にからみやすい」と説明しています。それでも注げる濃さで、富士甚は九州あまくちを押して注ぐ容器で売っています。

炭水化物の量は、甘さの目安になりません。 富士甚は霧島を自社でいちばん甘い醤油としていますが、炭水化物は同社の九州あまくちより少なく表示されています。フンドーキンのゴールデン紫あまくちは100gあたり8.0gで、普通の濃口とほぼ同じです。サッカリン、甘草、ステビアはごく少量で強い甘さが出るので、数値をほとんど動かさない、というのが当サイトの読み方です。

塩分はまちまちで、単位にも注意が必要です。 チョーコーは甘露さしみを普通の濃口より塩分20%減としています。一方、フンドーキンのゴールデン紫あまくちは100gあたり14.0g、あまくちさしみは13.8gで、標準的な濃口の14.5gをわずかに下回る程度です。表示は100mLあたりと100gあたりが混在していて、そのまま比べられません。フンドーキンは同じあまくちさしみを、商品ページでは100gあたり13.8g、公式通販では15mLあたり2.5g(100mLあたり約16.7g)と表示しています。

「甘口」はJASの種類ではない

福岡県観光連盟のガイドは、はっきり書いています。

実は、JAS規格に甘口というカテゴリーは存在していません。 — クロスロードふくおか

こうした甘い卓上醤油は、JASでは濃口に入ります。ニビシとチョーコーもそう記載しています(JASの5つの種類については英語の「light soy sauce」は3種類あるを参照)。甘さは商品名のほうに表れます。「あまくち」「さしみ」「うまくち」「甘露」などです。ニビシの「うまくち」も、糖類と甘味料の両方を含みます。

紛らわしいのは「甘露」です。しょうゆ情報センターは「甘露しょうゆ」を、山口の再仕込み醤油の別名としています。チョーコーの「甘露さしみ」は、原材料を見るかぎり甘味をつけた濃口です。

いつ、なぜ甘くなったのか

英語圏の説明は、長崎の砂糖貿易、とくに出島から話を始めがちです。日本の研究が示すのは、もっと最近の、地域ごとに時期の違う変化です。

戦前の福岡・筑豊炭田。 九州大学の田中醇氏による2023年の博士論文は、1900〜1940年代の福岡の醸造家を調べています。要旨によると、ある醸造家(松木)は品質を上げても1910年代を通じて売れ行きが振るわず、その対策として甘味料とカラメルを加えた醤油を売り出しました。

その醤油は,強粘稠性で甘味が強いものであり — 田中 2023、博士論文要旨

それは、収入の多い炭鉱労働者がすでに買っていた高級品の再仕込み醤油に似ていて、筑豊一帯に広がりました。要旨は、この好みが戦時統制で途切れながらも、いまの甘い醤油の好みにつながったと結んでいます。当サイトが読めたのは要旨だけなので、甘味料を加え始めた年はわかりません。

戦中と戦後。 農畜産業振興機構(ALIC)に寄稿した宇都宮由佳氏は、聞き取りによれば戦前の九州の醤油は一般に甘くなかった(上の筑豊は例外)と報告しています。戦中は物資不足から、量を増やすためにアミノ酸液が加えられ、そのにおいを隠すのに甘味料が役立ちました。黄色いざらめと甘草エキスだったといいます。戦後はサッカリン、ズルチン、チクロ、糖類が使われました。ズルチンとチクロはのちに禁止されています(サッカリンも一時禁止され、その後また認められました)。宇都宮氏によると、いまの甘味料は砂糖、ブドウ糖、異性化糖、甘草、ステビアで、上の表のラベルと一致します。

戦後の大分と鹿児島。 大分について、福留奈美氏と宇都宮氏は、甘味料を加えるのは「戦後から始まったといわれる」と書いています。鹿児島については、宇都宮氏が県醤油醸造協同組合の工場長の話を引き、1951年の食糧統制の終わりと結びつけて、1955年ごろのこととしています。

他県産しょうゆとの差別化を目指して作った甘口が消費者に受けて定着した — 宇都宮氏による工場長の見解の要約(ALIC、2022年)

つまり、福岡の炭鉱地帯では戦前から甘い醤油が売られ、大分と鹿児島では戦後に変わった、というのが資料の示すところです。

背景と、証明された原因は別

宇都宮氏は、いくつかの背景を挙げています。砂糖の生産地との歴史的な近さ、甘さが豊かさのしるしだったこと、客へのもてなしとしての甘さ、戦後の甘い混合醤油による差別化、新鮮な近海の魚に合い子どもにも好まれる味であること、自給自足から消費生活への移行です。

シュガーロードも背景にとどまります。 江戸時代の最盛期、長崎は年に1,500トンから2,000トン超の砂糖を輸入し、長崎警備についた福岡藩・佐賀藩の藩士は優先的に砂糖を買えました。ところが、ALICが掲載したシュガーロード連絡協議会自身の説明は、大量の砂糖が長崎街道を通って地域に広まったわけではないとしており、醤油にはまったく触れていません。地域の甘い好みの説明にはなっても、甘い醤油そのものは20世紀に生まれたものです。英語圏の「出島の砂糖」説は、この区別を飛ばしています。

九州での使われ方

九州の人には説明するまでもないので、要点だけ挙げます。資料が挙げる使い道は、ぶり、さば、いわしといった脂ののった青魚の刺身(福留・宇都宮両氏の印象)、大分のりゅうきゅうや福岡のごまさば、筑前煮やかしわめし、もつ鍋のつゆです。クロスロードふくおかは、筑前煮やかしわめしなら甘い醤油だけで味が決まり、砂糖やみりんはほとんど要らないとしています。九州のさしみ醤油は塩分が控えめなので、たっぷりつけていい、とも書いていますが、ラベルによっては減塩幅は小さめです。ニビシは寿司や照り焼きにも勧めています(照り焼きについては照り焼きは「ソース」ではない)。

愛着の強さは、大分についてのこの記録によく表れています。

ここでは、「うまい」すなわち「甘い」のである。 — 福留・宇都宮、キッコーマン『FOOD CULTURE』No.26

九州の外の甘い醤油

九州は中心ですが、すべてではありません。福留・宇都宮両氏は、高知県西部(中村まで)、愛媛県南部(宇和島、愛南)、富山の沿岸(戦後に定着)、能登、上越にも甘い醤油があると報告しています。東京農業大学の舘博氏は、岩手・宮城の沿岸の漁師町で好まれているとし、自身の仮説として、富山からの移住者が釜石周辺の岩手沿岸に甘い醤油を持ち込んだのではないかと述べています。

ケチャップマニスとは別物

英語圏で「sweet soy sauce」といえば、まずインドネシアのケチャップマニスです。九州の醤油と共通するのは呼び名くらいです。

ケチャップマニス(インドネシア)九州の甘い醤油
糖あるインドネシアの研究は、国家規格(SNI 3543:2013)が表のなかで糖分を重量で最低30%と定めていると引用しています(別の箇所では40%)。研究が引く市販品の平均は約60%表示の炭水化物は、ラベルにより100gまたは100mLあたり約8〜31g
甘みのもとヤシ糖などの糖類と香辛料糖類と甘草、ステビア、サッカリン
濃さ濃厚。同じ研究は、糖の多い試料を糖のためにとても濃いと書いている注げる。軽くとろみをつけたものもある
塩分当サイトが参照した資料には記載なし普通の醤油と同じか、やや少ない(フンドーキンの表示で100gあたり13.8〜14.0g、標準的な濃口は14.5g)

炭水化物と糖の総量は別の指標なので、おおまかな比較です。それでも、確認したなかで炭水化物がもっとも多いチョーコーの100mLあたり31.4g(醤油は水より重いので、100gあたりではもっと少なくなります)でも、報告されたケチャップマニスの平均の半分ほどか、それ以下です。ほとんどの九州の瓶は、チョーコーの半分ほどです。九州の醤油は塩辛い醤油に甘みを足したもので、ケチャップマニスは砂糖を主原料とする、はるかに甘く濃い調味料です。

アメリカで手に入るか

ここで取り上げたメーカーについて、公式のアメリカ向け輸出の仕組みや正規の販売代理店は確認できませんでした。九州風の甘い醤油で海外に出ているニビシについて、JETROは、輸出の大半は韓国と香港向けで、アメリカのような大きな醤油市場よりアジアに力を入れることを選んだと報告しています。

アメリカでは、日系の食料品店や通販で一部の瓶が手に入りますが、品ぞろえは一定しません。探すときの目安は、九州のメーカーの「甘口/あまくち」「さしみ」の表示です。上の表の甘い醤油にはかつお節などのだし原料は入っておらず、入っているものはだし入りの醤油系調味料という別の商品です。本醸造のものがよければ、アミノ酸液(英語の表示では「protein hydrolysate」「hydrolyzed protein」)が書かれていないかを見ます。

家で再現できるか

九州の醤油をまねる配合を公開している日本のメーカーや、信頼できる日本のレシピは見つからなかったので、当サイトも配合は載せません。普通の醤油に砂糖やみりんを足せば甘くはなりますが、同じものにはなりません。市販品は糖類に高甘味度甘味料、うま味調味料、多くは増粘剤を組み合わせているからです(最後の点はラベルからの当サイトの読み方です)。

日本の資料が書いているのは逆の調整、つまり甘い醤油で料理するなら砂糖やみりんを減らす、ということです。

  • 九州のレシピを普通の濃口で作ると、甘さが足りないことがあります。好みで砂糖かみりんを足します(みりんの代わりについては「みりんの代わりに米酢」は誤りを参照)。
  • 九州以外のレシピを九州の醤油で作ると、甘くなります。砂糖やみりんを控えます。

英語の日本料理レシピは何を間違えているのかで書いた地域差の問題そのものです。「醤油」の中身は、レシピが書かれた土地によって変わります。

よくある質問

英語圏では九州の甘い醤油はどう紹介されていますか。 英語の「sweet soy sauce」はふつうインドネシアのケチャップマニスを指し、九州の醤油も同じ呼び名になりますが、共通するのは名前くらいです。由来は長崎(ときに出島)の砂糖貿易でよく説明されますが、日本の研究が示すのは20世紀の変化です。

九州の醤油はなぜ甘いのですか。 20世紀に、地域ごとに違う時期に甘くなりました。福岡の筑豊では、1910年代に売れ行きが振るわなかった醸造家が、戦前から炭鉱労働者向けに甘くとろみのある醤油を売り出しました。戦中の混合醤油ではアミノ酸液のにおいを隠すのに甘味料が使われ、甘い味は戦後も好まれました。鹿児島県醤油醸造協同組合の工場長によれば、鹿児島で甘口が定着したのは1950年代半ばごろです。シュガーロードはよく背景に挙げられますが、直接の原因とは示されていません。

九州の甘い醤油は減塩ですか。 確認した瓶の多くはやや少なめですが、差が小さいものもあります。普通の濃口より塩分20%減とうたう商品がある一方で、100gあたり14.0gで、普通の醤油の14.5gとほぼ変わらない商品もあります。100gあたりか100mLあたりかにも注意してください。

この記事の調べ方

日本語の資料によっています。キッコーマン国際食文化研究センターと農畜産業振興機構(ALIC)が公開した研究、九州大学の博士論文要旨、日本食品標準成分表、しょうゆ情報センター、九州のメーカーの商品ページと公式通販です。原材料と栄養成分は、2026年10月時点の各社の表示によります。日本語資料からの引用は原文のまま、短くとどめています。当サイトは商品の味見や比較はしていません。ラベルからの推測にあたる点は、その旨を書いています。甘味料を加え始めた正確な年など、確認できなかった点もそのまま記しています。

参考資料

日本語の一次資料と研究:

メーカーの商品ページ:

その他:


この記事は、シリーズ英語の日本料理レシピは何を間違えているのかの一本です。あわせて英語の「light soy sauce」は3種類ある、アメリカの台所で和食を作るともどうぞ。

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