英語圏の「すき焼きソース」は割り下:関東風と関西風を資料で確かめる
英語圏のすき焼きのレシピは、たいてい「すき焼きソース」を合わせて煮るところから始まります。それは関東風の割り下です。キッコーマンの調査、農林水産省の資料、アメリカの生卵の注意点をもとに整理します。

英語圏のすき焼きのレシピは、たいてい同じところから始まります。醤油、みりん、砂糖、酒を合わせて「sukiyaki sauce(すき焼きソース)」を作り、鍋に注いで牛肉と野菜を煮る。これは日本でも多くの家庭がしている、れっきとした作り方です。ただ、作り方はそれだけではありません。
英語のレシピが「すき焼きソース」と呼んでいるのは割り下で、関東風のすき焼きです。キッコーマンが2024年に自社の会員に行った調査では、ほとんどの地域で30%を超える人が割り下を作ると答えましたが、大阪や京都のある近畿では11%でした。英語のレシピの多くが前提にしているのは、日本の2つの作り方のうち片方です。以下、調査の数字、歴史、そして農林水産省のサイトにある関東風のレシピを見ていきます。
要点
| 関東風 | 関西風 | |
|---|---|---|
| 味つけ | 醤油、みりん、砂糖、酒、ときにだしを合わせた割り下 | 鍋で砂糖と醤油を加える(キッコーマン国際食文化研究センター、キッコーマン)。農林水産省の資料には、焼いたあとに割り下を加えるとするものもある |
| 最初の工程 | 鍋に割り下を入れる(先に肉を焼く人や専門店もある) | 鍋で牛肉を焼く |
| 性格 | 煮る料理 | 焼く料理として始まり、煮る料理になる |
| 伝統的に結びつく名前* | 牛鍋 | すき焼き |
*キッコーマン国際食文化研究センターによる大まかな呼び分けです。同センターは、福沢諭吉が幕末の大坂で牛鍋屋に通ったことにも触れていて、「牛鍋」は関東だけの言葉ではありませんでした。
日本の資料では、煮えた具を溶いた生卵につけて食べます。アメリカで作る場合の注意は下に書きました。
ひとつ注意があります。日本の資料どうしでも、境目の引き方は少しずつ違います。 表は2つの決まりではなく、幅のある両端と考えてください。
キッコーマンの調査
キッコーマンは2024年9月、会員サービス「キッコーマンプラス」の会員1,158人に家庭でのすき焼きの作り方をネットで尋ね、10月24日に結果を発表しました。複数回答です。回答者は醤油メーカーの会員で、日本の家庭の無作為標本ではありません。地域別の回答者数も示されていません。 数字は傾向として読んでください。
調査は2つの作り方をこう定義しています。
「関東風」:たれを「割り下」の状態にして、肉を少し焼いた後、食材とたれを入れて煮ながら食べる — キッコーマン ニュースリリース 24043
関西風は最初のひと口から違い、牛肉を鍋で焼いて味をつけ、野菜や豆腐を入れる前に食べます。
醤油、みりん、砂糖などで割り下を作ると答えた人の割合です。
| 地域 | 割り下を作る |
|---|---|
| 北海道 | 39% |
| 東北 | 35% |
| 北陸 | 37% |
| 北関東 | 34% |
| 南関東(東京を含む) | 44% |
| 東海(名古屋を含む) | 32% |
| 近畿(大阪、京都を含む) | 11% |
| 中国 | 40% |
| 四国 | 22% |
| 九州 | 31% |
キッコーマン自身のまとめでは、近畿と四国以外は30%を超えています。近畿でいちばん多かったのは、醤油、みりん、砂糖などをそのまま使うという回答で57%でした。公表された表では、これを関西風にまとめているようです。回答は重なることがあります。
「関東風かそれ以外か」という数字ではありません。市販のすき焼きのたれという選択肢もありました。それでも割り下の割合は近畿(11%)で大きく下がり、四国(22%)でも低めです。キッコーマンは、東京と大阪のあいだの東海が2つの作り方の「ゆるやかな境界」かもしれないとし、関西風で作る人は近畿から西に集中していたとしています。
同じ調査では、半数以上が牛肉、ねぎ、焼き豆腐、しらたき、しいたけ、えのきたけ、春菊、白菜を使っていました。
2つの作り方はどこから来たか
関西:焼く料理
農林水産省は東京都のすき焼きのページで、名前の由来について伝統的な説明を紹介しています。江戸時代中期の関西で、鉄板の代わりに鋤(すき)を使って魚介を焼いており、牛肉を同じように焼いたことから「すき焼き」の名がついた、というものです。農林水産省は「とされる」と書いているので、記録で裏付けられた事実ではなく、言い伝えとして読むのが妥当です(別の農林水産省のパンフレットは、すき焼きを肉食が流行した明治時代のものとしています)。
公には、牛肉は農林水産省が675年とする禁令以来、食べないものとされていました。同省は、牛や馬が農耕の担い手として大切だったことと結びつけています。江戸時代後期にも牛肉はいくらか食べられ、明治維新のあとに公然と食べられるようになりました。キッコーマン国際食文化研究センターは、牛肉好きだった福沢諭吉が、幕末の大坂でよく牛鍋屋に通ったという例を挙げています。
関東:横浜と東京の牛鍋
東では、この料理は別の名前で育ちました。神奈川県の牛鍋についての農林水産省のページは、1859年に開港し、西洋の影響で早くから肉食を取り入れた横浜にその始まりを求めています。同ページによると、横浜の居酒屋「伊勢熊」の主人が1862年に最初の牛鍋屋を開いたとされます。明治元年(1868年)創業の太田なわのれんを、いまも続く老舗の牛鍋店として挙げています。東京都のページは、牛肉の需要が増えるにつれ、東京でも牛鍋屋が流行したとしています。
初期の牛鍋は、いまのすき焼きの味ではありませんでした。
そもそもこの牛鍋、明治の初めは味噌仕立てだった。 — キッコーマン国際食文化研究センター
農林水産省は、みそを肉のにおい消しと説明しています。同センターによると、はじめはほかにねぎを入れるだけで、1887年ごろにしらたきと豆腐が加わりました。農林水産省は、牛肉の質がよくなるにつれて、醤油、砂糖、酒のたれに移っていったとしています。
同センターは、もともとの違いを「煮る」と「焼く」で説明しています。牛鍋は割り下をたっぷり使う本来の鍋料理でした。すき焼きについては、こう書いています。
一方の「すき焼き」は焼く料理で、鍋で肉を砂糖と共に炒め、そのあとに具を入れ、最後に醤油で味を調える。 — キッコーマン国際食文化研究センター
東京が「すき焼き」と呼ぶようになったわけ
農林水産省の東京都のページは、この変化を1923年の関東大震災と結びつけています。多くの牛鍋店が大きな被害を受け、そのあと関西の呼び名が東に広まって定着した、という説明です(キッコーマン国際食文化研究センターのページは震災に触れていないので、農林水産省の説明として読んでください)。
名前は変わっても、作り方はあまり変わりませんでした。同センターは、関東はいまは「すき焼き」と呼んでいても、割り下を使い続けているとしています。
いまの台所での違い
日本の資料は、2つの作り方を少しずつ違うところで分けています。
- 農林水産省 東京都のページ: 関西では牛肉を焼いてから割り下と野菜を加える。関東でもすき焼き専門店は同じ。関東の家庭では、割り下を煮立てて肉と野菜を一緒に入れることが多い。
- 農林水産省の和食のパンフレット: 関西は先に焼いてから、みりんと醤油の割り下を加える。関東は焼かずに、すべてを割り下で煮る。
- キッコーマンの調査: 関東風の定義に、割り下の前に肉を少し焼く工程が入っている。関西風は、焼いた牛肉に鍋で砂糖と醤油で味をつける。
- 農林水産省 奈良県のページ: 天満宮の秋祭りに出されてきた「かしわのすき焼き」(鶏のすき焼き)は、鶏肉を焼き、野菜を加え、酒、みりん、醤油、砂糖をあらかじめ煮立てた割り下を注ぐ。
一致しているのは、関西は肉を焼くところから始めるという点です。砂糖と醤油を別々に入れるか、割り下にするかは資料によります。関東の特徴は、肉と野菜を合わせておいた割り下で煮ることで、家庭では最初から割り下を注ぐことが多い。関西では、最初の牛肉は鍋で味をつけます。
英語のレシピの「すき焼きソース」
英語圏の主なサイトは、両方の作り方をきちんと扱っています。MasterClass、RecipeTin Japan、Japanese Taste はどちらも紹介しています。日本料理のレシピサイト Just One Cookbook は、自分の作り方をはっきり名乗っています。
「下のレシピでは関東風の作り方を使っています。料理を始めたばかりの人にずっと作りやすいからです。」
(英語の原文を訳したもの。)同じページは割り下を「sukiyaki sauce」と呼んでいます。
作り方の名前を出さないレシピもあります。Sudachi の「Beef Sukiyaki with Authentic Japanese Sauce(本格的な日本のたれで作る牛肉のすき焼き)」は、先に割り下を合わせ、牛肉を焼かずに煮立ったたれに直接入れます。農林水産省の東京都のページにある関東の家庭の作り方と同じなので、「本格的」というのは間違いではありません。日本の2つの作り方の片方だというだけです。たれを合わせておいて全部をそれで煮るなら、それは関東風のすき焼きです。
割り下の比率はどれほど違うか
| 出典 | 人数 | 醤油 | みりん | 酒 | だし・水 | 砂糖 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 農林水産省 東京都(サッポロビール提供のレシピ) | 5人分 | 100mL | 100mL | 100mL | だし100mL | 大さじ3(上白糖約27g) |
| 農林水産省 奈良県(鶏) | 4人分 | 180mL | 180mL | 360mL | — | 三温糖80g |
| Just One Cookbook | 2人分 | 1/2 USカップ(約118mL) | 1/2 USカップ | 1/2 USカップ | 昆布だし(水2 USカップ+昆布5g)を鍋で適宜 | 大さじ3 |
| Sudachi | 記載なし | 大さじ3(約44mL) | 大さじ3 | 大さじ3 | 水大さじ3+昆布5g | 大さじ2 |
4つとも醤油とみりんは同量です。違うのは、酒やだし、水でどれだけのばすか(Just One Cookbook は鍋で必要に応じて昆布だしでのばします)と、砂糖の量です。英語圏でのだしの誤解についてはだしは「魚のスープ」ではないで書いています。
アメリカのカップは日本のカップより大きい点にも注意が要ります。農林水産省のレシピの「1/2カップ」は200mLカップの半分で100mLですが、アメリカの1/2カップは約118mLです(アメリカの台所で日本のレシピを作るを参照)。
関東風すき焼き(割り下)
農林水産省「うちの郷土料理」の東京都のすき焼き(サッポロビール提供)をもとにしています。農林水産省は、レシピは地域や家庭によって異なるとしています。分量は元のレシピのとおりです。
5人分(元のレシピどおり)。 1人あたり牛肉40〜50gの計算です。多くしたい場合は全体を増やしてください。割り下の比率は変わりません。
割り下
- 醤油 1/2カップ(100mL)
- 酒 1/2カップ(100mL)
- みりん 1/2カップ(100mL)
- だし 1/2カップ(100mL)
- 砂糖(上白糖) 大さじ3(約27g)
具
- すき焼き用牛肉 200〜250g
- 白菜 1/6株
- 春菊 1/2束
- えのきたけ 1/2袋
- ねぎ 1本
- 焼き豆腐 1/2丁
- しらたき 4結び
- 卵 2個(つけ用)
作り方(元のレシピの3段階)
- 具の下ごしらえをします。白菜と焼き豆腐は食べやすい大きさに切り、春菊とえのきたけは根元を落とします。ねぎは約1cm幅の斜め切りにし、しらたきはさっと下ゆでします。
- 割り下の材料をすべて合わせます。
- すき焼き鍋で割り下を温め、煮立ったら具を並べ入れます。好みの加減に煮えたら、溶き卵につけて食べます。
当サイトの補足: 元のレシピには火加減や加熱時間、すき焼き鍋の材質の指定はありません。和牛の等級や表示の意味はA5和牛と神戸ビーフで書きました。
関西風の作り方
関西風は分量を載せていません。参考にした日本の資料が、作り方は説明していても、分量のそろったレシピを載せていないためです。キッコーマン国際食文化研究センターとキッコーマンによる流れは次のとおりです。
- 熱した鍋にまず牛肉を入れ、砂糖とともに焼く(同センター)。
- 鍋で醤油などで味をつける。キッコーマンの定義では、この最初の牛肉をそれだけで食べる。
- ほかの具を加え、焼くと煮るの中間で火を通す。同センターは、最後に醤油で味を調えるとしている。
一方、農林水産省の2つの資料(東京都のページとパンフレット)は、関西では牛肉を焼いたあとに割り下を加えるとし、奈良県の鶏のすき焼きも割り下を使います。
生卵:アメリカでの注意
ここで挙げた日本の資料では、すき焼きは溶いた生卵につけて食べます。農林水産省の東京都のレシピもそれで締めくくり、農林水産省のパンフレットも、器に生卵を溶いて肉にからめると書いています。
アメリカの公的機関の立場は違います。USDA(米国農務省)の食品安全検査局(FSIS)は、生や加熱不十分な卵を食べないよう、すべての人に勧めています。 そのうえで「殻付きのまま低温殺菌した卵は、加熱せずに安全に使える」としています。FDA(米国食品医薬品局)も、卵を生のまま使う料理には「サルモネラ菌を死滅させる処理をした」殻付き卵を使うよう勧めています(いずれも英語の原文を訳したもの)。どちらも、子ども(FSIS は乳幼児と明記)、高齢者、妊娠中の人、免疫の弱い人をリスクが高い人に挙げています。
アメリカで作るなら、パックに殻付き低温殺菌卵(pasteurized)と表示された卵を使うことになります。奈良県のレシピは温泉卵も選択肢に挙げていますが、USDA は加熱不十分な卵も勧めていないので、アメリカでは低温殺菌卵の代わりにはなりません。手に入らなければ、卵につけるのはやめます。
日本の卵が生食を前提に売られている理由と、日本の卵の日付が何を意味するかは、生卵と卵かけご飯で書いています。
関連記事:日本の薄切り肉では、日本の店でのすき焼き用の肉の売られ方と、アメリカで何を買えばよいかを書いています。
よくある質問
英語圏の「sukiyaki sauce」は日本の何にあたりますか。 割り下です。農林水産省は割り下の基本を醤油、砂糖、酒とし、レシピの多くはみりんを、一部はだしや水を加えます。英語のレシピでは「sukiyaki sauce」と呼ばれることが多く、それで煮る作り方は関東風です。
海外のすき焼きは関西風ではないのですか。 英語圏の主なサイトは両方を紹介していますが、合わせたたれで煮るレシピは関東風です。Just One Cookbook は、初心者に作りやすいという理由で関東風を選んだと書いています。
アメリカでも生卵につけて食べられますか。 アメリカの公的機関は、低温殺菌していない生卵を食べないよう勧めています。殻付きの低温殺菌卵を使うか、卵につけずに食べることになります。
牛鍋とすき焼きは同じものですか。 近い関係にあります。幕末から明治の横浜や東京の牛鍋は、最初からたれで牛肉を煮る料理で、はじめはみそ仕立てでした。農林水産省によると、東京は1923年の関東大震災のあと関西の呼び名を使うようになりました。
この記事の調べ方
調査の数字は、醤油メーカーのキッコーマンが自社の会員に行った2024年の調査の発表によるもので、無作為標本ではありません。歴史とレシピは農林水産省の資料を使い、キッコーマン国際食文化研究センターの資料で歴史を補いました。いずれも日本語の資料です。アメリカの卵の安全についての指針は USDA FSIS と FDA によります。日本語資料からの引用は原文のまま短くとどめています。レシピは名前を挙げた農林水産省のレシピをもとにしたもので、当サイトが考案・試作したものではありません。キッコーマン自身が公開している割り下の比率は確認できなかったため、載せていません。関西で割り下を使うかどうかのように資料どうしで食い違う点は、その旨を書いています。
参考資料
日本語の一次資料:
- 農林水産省 うちの郷土料理 — すき焼き 東京都 名前の由来、関東大震災、関東風のレシピ
- 農林水産省 うちの郷土料理 — 牛鍋 神奈川県 横浜の牛鍋の始まり
- 農林水産省 うちの郷土料理 — かしわのすき焼き 奈良県 鶏のすき焼きと割り下
- 農林水産省 外食向けパンフレット(日本語版 pp.30–33、しゃぶしゃぶ・すき焼き) 関東風と関西風の説明
- キッコーマン — すき焼き調査(ニュースリリース 24043、2024年10月24日) 会員へのすき焼き調査
- キッコーマン — ニュースリリース 24043 PDF(地域別の表) 地域別の集計
- キッコーマン国際食文化研究センター — 牛肉の普及 牛鍋から牛丼まで 牛鍋とすき焼きの歴史
アメリカの食品安全の指針:
- USDA FSIS — Shell Eggs from Farm to Table 英語:生卵と低温殺菌卵についての指針
- FDA — What You Need to Know About Egg Safety 英語:卵の安全についての指針
英語圏のレシピの例(根拠ではなく、英語圏の書き方の例として引用):
- Just One Cookbook — Sukiyaki 英語:関東風を選んだレシピ
- Sudachi — Beef Sukiyaki with Authentic Japanese Sauce (print view) 英語:牛肉を焼かずに割り下で煮るレシピ
- MasterClass — Sukiyaki recipe 英語:両方の作り方を紹介
- RecipeTin Japan — Sukiyaki 英語:両方の作り方を紹介
- Japanese Taste (retailer’s blog) — Kanto sukiyaki 英語:販売店のブログ、関東風
- Japanese Taste (retailer’s blog) — Kansai sukiyaki 英語:販売店のブログ、関西風
この記事は、シリーズ英語の日本料理レシピは何を間違えているのかの一本です。


