翻訳で消えたもの

「日本のわさびも95%は偽物」は本当か:英語圏のわさび論を確かめる

英語圏では「寿司のわさびは偽物」「日本でも95%が偽物」と書かれます。数字の出どころ、輸出用チューブの原材料、日本の「本わさび使用」「本わさび入り」の基準を、日本の資料で確かめます。

暗いスレートの板の上に、片端をすりおろした細長いわさびの根茎と、すりおろしたての淡い緑色のわさびが小さく盛ってある。

英語でわさびについての記事を読むと、たいてい「寿司に添えてある緑のペーストは偽物(fake)だ」と書いてあります。中身はホースラディッシュ(西洋わさび)とからし、着色料だ、と。さらに「日本でさえ、わさび製品の95%は偽物」と続ける記事もあります。

半分は当たっています。日本の百科事典は粉わさびのほとんどが西洋わさびだとしていますし、観光庁も「本」の表示がない製品の中身はほとんどが西洋わさびと添加物だと説明しています。ただ、英語の記事は二つのことを書いていません。日本には、チューブの中のわさびの半分以上が本わさびかどうかを表示で示す業界の基準があること。そして「95%」という数字は、日本のデータではなく、ある生産者の見積もりにさかのぼることです。

要点

  • わさびと西洋わさびは別の植物で、どちらもアブラナ科。辛味成分の種類は同じです。
  • 粉わさびはほとんどが西洋わさびだと日本の百科事典は書き、観光庁は「本」の表示がない製品も大半が西洋わさびだとしています。
  • 日本のチューブには表示の基準があります。 日本加工わさび協会の基準では、「本わさび使用」は原料わさびのうち本わさびが50%以上、「本わさび入り」は50%未満です。
  • **「日本のわさびの95%は偽物」**は、2014年の報道で引用されたわさび生産者の見積もりで、公表された統計ではありません。裏付けにも反証にもなる日本の数字は見つかりませんでした。
  • 輸出用チューブの一例では、西洋わさび31.7%に対し、わさびは4.5%でした。

英語圏で話がこじれる理由

日本語では西洋わさびを「わさび」の一種として呼ぶのがふつうです。英語圏では「wasabi」と「horseradish」がまったく別の名前なので、「wasabi」と名のつく商品の中身が horseradish だと、「偽物」に見えてしまいます。

本わさび西洋わさび
学名Eutrema japonicum(日本大百科全書)。多くの資料や金印は旧名の Wasabia japonicaArmoracia rusticana(金印)
原産日本。山間の渓流に自生(日本大百科全書、エスビー食品)ヨーロッパ。エスビーはフィンランド、金印はフィンランドからカスピ海沿岸
日本での栽培沢わさび・水わさび、畑わさび(金印)エスビーによると北海道など一部の地域のみ。金印によると現地では「山わさび」
色すりおろすと緑エスビーは乳白色とし、ステーキやローストビーフに添えるもの
辛味同じ種類の辛味成分観光庁:よりツンとして長く続く

本わさびが作りにくい作物であることは、日本のメーカーも認めています。エスビー食品は、自然条件にとても敏感で、収穫までに時間がかかり、収量も少ないと説明しています。

「「本わさび」は自然条件にとても敏感な植物で、育つ条件が限定されます。」 — エスビー食品

日本の表示が示すこと

日本の読者にはおなじみの「本わさび使用」「本わさび入り」ですが、その中身を正確に知っている人は多くないかもしれません。金印は公式のQ&Aで、これらの言葉を使う製品について日本加工わさび協会が統一基準を定めていると説明しています。

「原料わさびのうち、本わさびの量が50%以上にあっては、「本わさび使用」とし、かつ、近接した箇所に「(本わさびに)西洋わさびをブレンド(又は混合)」の文を併せて表示すること。」 — 金印(日本加工わさび協会の基準を引用)

50%未満なら「本わさび入り」で、併記する文も逆になり、西洋わさびに本わさびをブレンドした、となります。

表示協会の基準での意味併記する文
本わさび使用原料わさびのうち本わさびが50%以上本わさびに西洋わさびをブレンド
本わさび入り原料わさびのうち本わさびが50%未満西洋わさびに本わさびをブレンド

どちらの表示もない製品について、観光庁の多言語解説文データベースははっきり書いています。

「「本」 わさびと表示されているものには沢わさびが 50 %以上含まれていますが、それ以外の製品では内容物のほとんどが西洋わさびや緑色の食用色素などの添加物です。」 — 観光庁 多言語解説文データベース

注意したい点が二つあります。

50%はわさびのうちの割合で、チューブ全体ではありません。 金印の書き方は「原料わさびのうち」です。チューブには油や食塩、でんぷんなども入っているので、「本わさび使用」でも重さの半分が本わさびというわけではありません。観光庁の短い説明は、何に対する割合かを書いていません。

業界の基準です。 確認できたのは、金印の説明どおり協会が定めた決まりであること、二つの言葉のどちらかを使う製品に適用されることです。国の表示法令の裏付けがあるかどうかはわかりませんでした。協会自身のページとエスビーのFAQにはアクセスできず、それ以上は確かめられていません。日本向け製品の業界の決まりとして受け取り、法律上の定義とは考えないでください。

さらに上を行く商品もあります。エスビーは「本生本わさび」について、使っているわさびは本わさび100%だとしています。割合で名前が決まる例としては、そばにも独自の決まりがあります(「十割そば」の意味)。

輸出用チューブの中身

輸出用のチューブは英語表示で、「本わさび使用」のような日本語の言葉はついていません。一例として、イギリスの食料品通販 Ocado に載っている、エスビーの「Wasabi Horseradish Paste」(43g)の原材料を見ます。エスビー自身のページではなく小売店の掲載情報で、アメリカで売られているものは表示や配合が違う可能性があります。掲載されている原材料は、この順です。

西洋わさび31.7%、保湿剤E420、米油、食塩、デキストリン、わさび4.5%、ばれいしょでんぷん、水、香料、ターメリック、増粘剤E415、酸味料E330、着色料E133

(英語表示を訳したもの。)

緑色はおもにターメリックと、着色料(E133)によるものです。この数字では、わさび類の原料のうち本わさびは約8分の1で、日本の基準を当てはめれば「本わさび入り」にあたります。チューブ全体で見ると約3分の1が西洋わさびで、残りはほかの原材料です。日本で売られているエスビーの同種製品の公式な原材料表示は見つかりませんでした。

粉わさびも同じ考え方の乾燥品です。日本大百科全書によると、市販の粉わさびはほとんどが、西洋わさびの根を乾燥・粉末にして葉緑素を混ぜたものか、西洋わさびの粉に洋がらしと合成着色料を加えたものです。コトバンクの『食の医学館』はもっと端的です。

「粉を溶いて使う粉ワサビは、ホースラディッシュという別品種のもので、このワサビとは異なります。」 — 『食の医学館』(コトバンク)

隠されていることは何もありません。日本の事典は西洋わさびが原料の粉わさびについて公然と書き、業界の基準はブレンドの向きまで表示させ、輸出用チューブは商品名に「Horseradish」と入っています。見るべきは原材料表示です。

「日本でも95%が偽物」の出どころ

この数字は英語のわさびの記事にくり返し出てきます。Fine Dining Lovers の2020年の記事は、出典を示さずに「アメリカではわさびとして売られているものの99%以上が、実はこの西洋わさびとからしと着色料の混ぜものだ」「日本でさえ、わさび製品の推定95%は偽物だ」と書いています(英語の原文を訳したもの)。

数字はさらにさかのぼるようです。2014年の Philadelphia Inquirer のブログ記事は、Washington Post の Roberto A. Ferdman 記者の記事を要約し、本わさびを栽培する Pacific Coast Wasabi 社の社長 Brian Oats(Inquirer の表記)の言葉として「偽物の割合は北米で99%、日本で95%」と紹介しています(英語の原文を訳したもの)。Washington Post の元記事は開けず、言い回しは確認できませんでした。いずれにしても、ひとりの生産者の見積もりで、市場の統計ではありません。照らし合わせられる日本の数字も見つかりませんでした。

見積もりの方向そのものは外れていません。粉わさびの大半が西洋わさびであることは日本の事典も認め、観光庁も「本」の表示がない製品の大半は西洋わさびと添加物だとしています。英語の書き方が行き過ぎているのは次の点です。

  • 「偽物」という言葉。 日本では、本わさびをうたうチューブはブレンドの向きを表示する業界の基準があり、西洋わさびも「西洋わさび」と堂々と名乗っています。中身は原材料表示でわかります。「偽物」はだましているような響きですが、正確には「大半が西洋わさび」です。
  • 抜け落ちた中間。 日本の店頭には、生の根茎と並んで、本わさびが大半の「本わさび使用」のチューブもあります。「本物か偽物か」の二択では、この分類が見えません。

からしについては製品しだいです。日本大百科全書は洋がらしを加える粉わさびがあるとしていますが、上の輸出用チューブの原材料には入っていません。

辛味が生まれる仕組み

英語圏では「すりおろしたてのわさびは別物」という話もよく出てきます。その理由は日本の資料で確かめられます。金印によると、畑から抜いたばかりの根茎をそのままかじっても辛くありません。辛味は細胞が壊れたときに生まれます。

「わさびの辛味成分は、揮発性のからし油(イソチオシアネート)類です。」 — 静岡県

静岡県の説明では、すりおろすことで細胞が壊れ、わさびに含まれる酵素がからし油配糖体を分解して、からし油ができます。金印は、酵素をミロシナーゼ、配糖体をシニグリン、主な辛味成分をアリルイソチオシアネートとしています。食べた瞬間に鼻へ抜ける辛さは、この揮発性によるものだと金印は書いています。西洋わさびにも同じ辛味成分があるので、そもそも代わりが務まるわけです。

観光庁のデータベースは、こだわりのある寿司職人は自然な甘みを味わってもらうために出す直前にすりおろす、と書いています。金印は、細かくおろすと辛味が強く出ること、葉柄のついていた側からおろすこと、皮は辛いとされるので、ブラシでこすり洗いしてむかずに使えること(皮は苦みがあり、おろしたわさびの色を少し暗くするので、気になれば薄くむいてもよい)を挙げています。

おろしてから辛味がどのくらいで抜けるかについては、時間を示す日本の一次資料は見つかりませんでした。Fine Dining Lovers は「約15分で傷み始める」としていますが、根拠は示されておらず、ここでは事実として扱いません。

保存期間も資料によって違います。金印は、湿らせたキッチンペーパーで包んでポリ袋に入れ、冷蔵で1〜2週間としています。農林水産省の広報誌『aff』で取材された静岡のわさび生産者は、切り口を洗って乾かし、包んで野菜室に入れれば1か月〜1か月半ほどとしています。目安と考えてください。同じ生産者は、すりおろして棒状にまとめ、ラップで包んで冷凍すれば、風味は多少落ちるものの長く保存できること、晩秋から冬にかけてゆっくり育ったわさびのほうが辛味が強いことにも触れています。

アメリカのわさび

本わさびはアメリカでも栽培できます。オレゴン州立大学のエクステンション・サービスは、ワシントン州立大学、アイダホ大学と共同で、栽培の手引き『Growing Wasabi in the Pacific Northwest』(PNW 605)を出しており、この作物には「小規模な生産者にとって高い収益の可能性がある」と書いています(英語の原文を訳したもの)。栽培量の公式な数字は見つかりませんでした。

英語圏の買い手に当サイトが勧めているのは、次のような点です。

  • 箱の表ではなく原材料表示を見る。 輸出用チューブでは、原材料に「wasabi」(または Wasabia japonica / Eutrema japonicum)があるかを見ます。horseradish しかなければ、西洋わさびのペーストです。
  • 割合が書いてあれば比べる。 上の例のように両方の割合が出ていれば、表の宣伝文句よりずっと多くがわかります。
  • 日本向けのチューブなら、「本わさび使用」は本わさびが多数派、「本わさび入り」は少数派です。
  • 生の根茎はペーストとは別の商品です。アメリカの店頭の日本の野菜についてはアメリカの店で買える日本の野菜をご覧ください。

本物でも偽物でも、わさびにできないことがひとつあります。厚生労働省は、醤油やわさびでは生魚のアニサキスの幼虫は死なないとしています。英語圏の「sushi grade」という表示については「寿司グレード」の魚で取り上げました。

よくある質問

英語圏ではなぜ「わさびは偽物」と言われるのですか。 英語では wasabi と horseradish がまったく別の名前で、「wasabi」と書かれた商品の中身の多くが horseradish だからです。日本語では西洋わさびも「わさび」と呼ぶので、この食い違いは英語で特に目立ちます。

「日本のわさびの95%は偽物」は本当ですか。 2014年の報道で引用された、本わさびを栽培する会社の社長の見積もりです。公表された統計ではなく、照らし合わせられる日本の数字も見つかりませんでした。粉わさびや「本」の表示がない製品の大半が西洋わさびだという方向は、日本の資料とも合っています。

「本わさび使用」と「本わさび入り」はどう違いますか。 金印が説明する日本加工わさび協会の基準では、原料わさびのうち本わさびが50%以上なら「本わさび使用」、50%未満なら「本わさび入り」です。チューブ全体に対する割合ではありません。

海外で売られているチューブわさびには本わさびが入っていますか。 製品によります。イギリスの通販に載っていたエスビーの輸出用チューブでは、西洋わさび31.7%に対してわさび4.5%でした。原材料表示で確かめるのが確実です。

この記事の調べ方

おもに日本語の資料によっています。わさびメーカー金印の公式Q&A、エスビー食品の本わさびのページ、コトバンクの百科事典類、観光庁の多言語解説文データベース、静岡県、農林水産省の広報誌『aff』、厚生労働省です。輸出用チューブの原材料はイギリスの食料品通販の商品ページ、「95%」の出どころは2014年の Philadelphia Inquirer の記事、アメリカでの栽培はオレゴン州立大学のエクステンションの資料によります。日本加工わさび協会自身の資料、エスビーのFAQ、Washington Post の元記事にはアクセスできず、本わさびの市場シェアの統計も見つかりませんでした。確認できなかった点はその旨を書いています。当サイトでは試作や試食はしていません。

参考資料

日本語の資料:

英語の資料:

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