アメリカの「hibachi」は火鉢ではない:鉄板焼きとヤムヤムソースの正体
アメリカで「hibachi」といえば、目の前の鉄板でガーリックバターのチャーハンを焼く店のことです。添えられるピンクの「ヤムヤムソース」も含めて、日本料理として紹介されるこの食事の成り立ちを確かめます。

アメリカで「hibachi(ヒバチ)」といえば、夜の外食のことです。大きな鉄板の前に料理人が立ち、ガーリックバターでチャーハンを目の前で焼き、常連が「ヤムヤムソース」や「ホワイトソース」と呼ぶピンクがかったオレンジ色のソースが添えられます。「hibachi fried rice」で検索すると、多くのレシピがこれを「日本料理」と呼んでいます。
日本語の火鉢は、もちろん鉄板ではありません。アメリカの「hibachi」がしているのは鉄板焼きです。神戸の「みその」は1945年の創業時から鉄板焼きを出してきたとしています。鉄板の前で見せる店の形を有名にしたのは、1964年にニューヨークで開業したベニハナで、アメリカで生まれた業態です。ヤムヤムソースの歴史が記録に残っているのは、アメリカ南部だけです。
だからといって料理の価値が下がるわけではありません。アメリカの「hibachi」は独自の歴史を持つ外食の伝統で、その多くは日本や台湾生まれの経営者がつくってきました。ただ、日本語の「火鉢」の意味とは違う、というだけです。
要点
| 言葉 | 日本での意味 | アメリカでのふつうの意味 |
|---|---|---|
| hibachi(火鉢) | 手や部屋を温め、湯を沸かす炭火の道具 | 鉄板焼きの店。または小型の炭火グリル |
| teppanyaki(鉄板焼き) | 熱した鉄板で肉や野菜を焼く料理 | アメリカの「hibachi」店が実際にしていること |
| fried rice(炒飯) | 中国由来の料理。焼き飯とも | 「hibachi fried rice」はそのアメリカ版のひとつ |
| yum yum sauce | 日本由来の記録なし | アメリカのステーキハウスで生まれたマヨネーズとトマトのソース |
辞書で確かめる火鉢と「hibachi」
コトバンクに収められたデジタル大辞泉、日本国語大辞典、世界大百科事典などは、どれも火鉢を、灰を入れて炭火をおこし、暖房や湯沸かしに使う道具として説明しています。調理用の鉄板にふれたものはありません。世界大百科事典は、長火鉢には簡単な煮炊きや食事ができるよう工夫されたものもあったと書いていますが、あくまで炭火の暖房具としてです。
アメリカの辞書メリアム・ウェブスターも、hibachiを「炭火の火鉢(a charcoal brazier)」と定義し、英語での初出を1863年としています。子ども向けの定義は「炭火のグリル(a charcoal grill)」で、こちらはアメリカでのもうひとつの意味、小型の炭火焼きこんろに当たります。どちらも平らな鉄板ではありません。
実際は鉄板焼き
神戸「みその」の説明
鉄板焼きの起源としてよく挙がるのが、神戸で創業したステーキ店「みその」です。公式サイトはこう書いています。
当店は1945(昭和20)年からの歴史を持つ、鉄板焼ステーキを世界で初めて提供した老舗。 — みその
同店の歴史のページによると、創業者の藤岡重次氏(読みは旅行サイトMATCHAによる。みそののサイトには読みがない)は戦後、造船所から手に入れた鉄板でお好み焼き店を開きました。常連のダンサーたちが進駐軍の兵士を連れてくるようになり、その鉄板で焼いた但馬牛のステーキが、いまのみそのにつながったといいます。アメリカ人記者の取材を受けたときに「鉄板焼」という名前を考えたこと、客の前でへらを自在に操る調理がショーのようで見ていて楽しいものだったことも書かれています。
これは店自身の説明です。みそのは鉄板焼きのスタイルを1945年の創業にさかのぼるとしていますが、世界初であることを裏付ける独立した記録は見つかりませんでした。ただ、みそのの説明に従えば、客の目の前で焼くことも、アメリカ人客のために焼くことも、鉄板焼きの最初から含まれていたことになります。
「鉄板焼き」がアメリカで「hibachi」になるまで
ベニハナ、1964年
ベニハナの企業ページによると、日本生まれのロッキー青木(Rocky H. Aoki)氏は1964年、「マンハッタンのウエストサイド、西56丁目61番地」に1号店を開きました。同社はこれを「アメリカ初の日本の鉄板焼きレストラン」と呼び、料理は「客の目の前の鋼鉄の鉄板で調理」されたとしています(英語の原文を訳したもの)。店名は、両親が終戦直後に東京で開いた喫茶店から来ています。プレジデントオンラインも開業を1964年としていますが、場所は五番街としています。ここではベニハナ自身の住所に従いました。
ベニハナのフランスのサイトは、この店の発想を「鉄板焼きの調理と、劇場のような食事体験を組み合わせた」もので、相席とオープンキッチンを特徴とすると説明しています。
「hibachi」という言葉が入ってくる
ベニハナ自身が両方の言葉を使っています。同じ企業ページは客が「日本の hibachi グリルを囲んで座る」と書き、同社のチャーハンはHibachi Chicken Riceとして「鉄板の上で目の前で焼く看板のチャーハン」と紹介されています。アメリカの外食の英語では、hibachiが鉄板とその食事のふだんの呼び名になりました。日本の辞書には、そういう意味はありません。
この形はニューヨークの外にも広がりました。サウスカロライナ州チャールストンの地元紙ポスト・アンド・クーリエによると、京都生まれのコウイチ・マエダ(Koichi Maeda)氏と共同経営者のコウイチロウ・ヒラオ(Koichiro Hirao)氏が1977年、この町にジャパニーズ・ステーキハウスを持ち込みました。はじめ「Matsuri」という名前だった店は「Kyoto」、さらに「Miyabi」となり、アメリカ南東部に店を持つチェーンになっています。
公平に言えばこうなります。この形をニューヨークとチャールストンに持ち込んだのは日本生まれの経営者で、もとは日本の実在の調理法から育ち、アメリカで新しいものになった。それを「hibachi」と呼ぶのはアメリカの言葉づかいで、恥じるような誤りではありません。成り立たないのは、「本場日本の hibachi」と呼ぶところです。
ヤムヤムソース:アメリカで生まれたソース
記録からわかること
ヤムヤムソースの起源にきれいな答えはなく、丁寧に取材した記者ほどそう書いています。
- チャールストン、1985年(本人の主張)。 ポスト・アンド・クーリエは「証明はできないが、マエダ氏は1985年にホワイトソースを考案したと断言する」と書いています。マエダ氏は同紙に、キユーピーマヨネーズをもとにしたと語りました。「キユーピーマヨネーズを食べたことがあったので、それをもとにしようとした」。記事によると、仕入れ業者が扱ういちばん重いマヨネーズを使い、ケチャップを混ぜたそうです。
- ジョージア州南西部、瓶詰め。 雑誌ガーデン・アンド・ガンによると、1964年に台北で生まれ、12歳で家族とジョージア州南西部に移ったテリー・ホー(Terry Ho)氏は、2003年にオールバニ近郊で「Hibachi Express」を開きました。ソースを買って帰る客があまりに多いため、「Terry Ho’s Yum Yum Sauce」として瓶詰めすることにしたといいます。瓶詰めの時期をThe Takeoutは2012年とし、NPR(米公共ラジオ)は2019年に「10年ほど前」から大量に瓶詰めを始めたと伝えています。ガーデン・アンド・ガンによると、地域のスーパー、ピグリー・ウィグリーからハーヴィーズ・スーパーマーケット、やがて全米のウォルマートへと広がりました。誰が考案したかについては「考案者を名乗る店はいくつもある」「いつ登場したのか正確には誰も知らない」と書いています。
- ほかの呼び名。 同じ記事ではホワイトソース、シュリンプソースとも呼ばれ、ガーデン・アンド・ガンは「ピンクがかったマヨネーズベースの調味料」と説明しています。
NPRの2019年の記事の見出しは「ヤムヤムソース:アメリカの調味料ができるまで」です。日本のソースなのかという問いには「答えは、どうやら、いいえ」と結論づけ、エリザベス・アンドー(Elizabeth Andoh)氏の「日本のステーキにホワイトソースやシュリンプソースを添えるという話は聞いたことがない」という言葉を引いています。The Takeoutも「ヤムヤムソースは日本料理の定番ではない」と書いています。(この節の英語資料からの引用は、いずれも原文を訳したもの。)
日本とのつながりはマヨネーズ
この話で記録に残る日本の材料は、手本になったマヨネーズです。キユーピー自身の報告書にはこうあります。
1925年に卵黄タイプで栄養価の高い「キユーピー マヨネーズ」を発売しました。 — キユーピー 統合報告書2020
ポスト・アンド・クーリエは、全卵ではなく卵黄で作るキユーピーは、アメリカの一般的なマヨネーズより濃厚だと書いています。
記録の範囲で言えば、これは日本と台湾にルーツを持つアメリカの食べ物の話です。手本は日本のマヨネーズで、ソースをアメリカの客に出したのは日本と台湾生まれの経営者でした。
英語のレシピの書き方
多くのレシピはこの歴史を飛ばしています。たとえばCopyKatのヤムヤムソースのページは、レシピに「料理:日本」と分類をつけ、検索用の説明文では「日本の hibachi レストラン風」の「本格的なヤムヤムソース」をうたっています。材料はマヨネーズ、トマトペースト、バター、砂糖、ガーリックパウダー、オニオンパウダー、カイエンペッパー、塩。アメリカのソースの材料としてはそのとおりで、ずれているのは「日本」というラベルのほうです。一方、Tasting Tableは、アメリカの「hibachi」は鉄板焼きの誤った呼び名だと説明しています。
この記事ではヤムヤムソースの作り方は載せません。店はレシピを明かしておらず(NPRの記者が15店に頼んだところ、すべて断られました)、上の当事者の証言も、重いマヨネーズにケチャップという土台だけで、比率は書かれていないからです。
チャーハンとの違いはにんにくとバター
デジタル大辞泉は炒飯をこう定義しています。
中国料理で、豚肉・卵・野菜などをまぜて油でいため、塩や醤油で味つけした飯。 — デジタル大辞泉(コトバンク)
油で炒め、塩か醤油で味をつける。バターとにんにくは出てきません。
ここがアメリカの「hibachi」のご飯との、いちばんはっきりした違いです。ベニハナのページによると、同社のご飯はカリフォルニア産の白米、角切りの鶏肉、「鉄板の上で焼いて刻んだ」卵、にんじん、玉ねぎ、ねぎ、「ガーリック風味のバター」、「醤油ベースの調味料」。にんにくとバターが看板です。
日本の家庭料理でにんにくとバターのご飯にあたるのは、炒飯ではなくガーリックライスでしょう。下の作り方はそれをもとにしています。
作り方:ガーリックライス(2人分)
デリッシュキッチン「大満足!ガーリックライス」(レシピ:日高ゆうさん)をもとにしています。当サイトが考案したものではなく、台所でも試していません。
材料
- ご飯 400g(どんぶり2杯分)
- 牛切り落とし肉 200g
- 塩こしょう 少々
- にんにく 2かけ
- オリーブオイル 大さじ1
- 白いりごま 大さじ2
- 小ねぎ(小口切り) 適量
調味料
- 醤油 大さじ1/2
- 塩 小さじ1/3
- 有塩バター 15g
作り方
- にんにくは薄切りにし、芽を取ります。
- 牛肉に塩こしょうをふります。
- フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れてから弱火にかけ、きつね色になったら取り出します。
- 同じフライパンで、牛肉を中火で色が変わるまで炒めます。
- ご飯とごまを加え、パラパラになるまで炒めます。醤油、塩、バターを加えて全体を混ぜます。
- 器に盛り、小ねぎを散らし、揚げたにんにくをのせます。
デリッシュキッチンによると、炊飯器で炊く場合は水をやや少なめにすると、パラパラに炒めやすくなります。
ベニハナ風に寄せるなら
ベニハナは手順を説明していますが分量は公開していないので、これはレシピではなく説明です。熱した鉄板で「少量のガーリックバター」を溶かし、卵を直接割り入れていり卵にして刻み、ご飯と野菜を加え、角切りの鶏肉と醤油ベースの調味料を入れて、「熱く香ばしく、軽くキャラメル化する」まで混ぜます。この形に近づけるなら、牛肉を角切りの鶏肉に替え、卵、にんじん、玉ねぎを加えます。にんにく、バター、醤油はもとのレシピに入っています。
アメリカの残りご飯のルール
アメリカの公的な目安も紹介しておきます。米国農務省(USDA)の食品安全検査局は、残り物は調理後2時間以内に「冷蔵しなければならない」とし、冷蔵での保存は3〜4日、温め直すときは食品用温度計で74°Cに達するまで、としています。
よくある質問
アメリカの「hibachi」は日本料理なのですか。 言葉は日本語ですが、指すものが違います。アメリカで「hibachi」と呼ばれる鉄板の店は、日本の鉄板焼きをもとにアメリカで生まれた業態です。1964年にニューヨークで開業したベニハナが有名にしました。
ヤムヤムソースは日本のソースですか。 いいえ。記録に残る歴史はアメリカのものです。チャールストンの京都生まれの経営者は、キユーピーマヨネーズを手本に1985年に「ホワイトソース」を考えたと話しており、ジョージア州の経営者が「Terry Ho’s Yum Yum Sauce」として瓶詰めし、地域のスーパーから全米の店に広がりました。考案者を名乗る店はいくつもあり、誰が最初かは証明されていません。
アメリカの「hibachi」のチャーハンにはグルテンが含まれますか。 ベニハナでは、グルテンフリーとはされていません。Hibachi Chicken RiceのページのFAQは、ご飯が「ふつう醤油ベースのソースで味つけされ、共用の鉄板で調理される」ため「グルテンフリーの品としては調理していない」とし、食事に制限のある客には各店で最新のアレルゲン情報を確かめるよう求めています(英語の原文を訳したもの)。
この記事の調べ方
言葉の定義は、コトバンクの日本の辞書とメリアム・ウェブスターによっています。鉄板焼きとベニハナの歴史は各店の公式ページによるもので、店自身の主張であることを明記しました。日本の経済誌の記事も参照しています。ヤムヤムソースの歴史はアメリカの新聞と雑誌の記事によるもので、記事自身が起源は証明できないと書いています。日本語資料からの引用は原文のまま、短くとどめています。作り方は日本のレシピサイト、デリッシュキッチンのものをもとにしたもので、当サイトが考案したものでも、台所で試したものでもありません。ヤムヤムソースの比率は、考案した店による数字を公開している資料が見つからなかったため載せていません。
参考資料
日本の辞書と英語の辞書:
- 火鉢 — デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典ほか(コトバンク) 火鉢の定義と歴史
- 鉄板焼 — デジタル大辞泉(コトバンク) 鉄板焼きの定義
- 炒飯 — デジタル大辞泉(コトバンク) 炒飯の定義
- Merriam-Webster — hibachi 英語:hibachiの定義と初出
店と企業:
- 元祖 鉄板焼ステーキ みその 公式サイト
- みその — コンセプト(みそのの歴史) 創業の経緯と「鉄板焼」の命名
- Benihana — About / Corporate Information 英語:1号店の開業と店名の由来
- Benihana France — The Evolution of Benihana 英語:店の発想
- Benihana — Benihana’s Most Craved Fried Rice: Hibachi Chicken Rice 英語:チャーハンの材料、手順、グルテンについてのFAQ
- MATCHA — みそのの記事 創業者の名前の読み
- キユーピー 統合報告書2020 1925年のマヨネーズ発売
- デリッシュキッチン — 大満足!ガーリックライス ガーリックライスの作り方
報道:
- プレジデントオンライン — トランプ氏と女性談義で盛り上がった日本人起業家(2016年) ロッキー青木氏とベニハナ
- Post and Courier — Popularity of Japanese steakhouse a cultural phenomenon in South Carolina 英語:チャールストンのステーキハウスとホワイトソース
- Garden & Gun — The Sauce King of South Georgia 英語:テリー・ホー氏と瓶詰めのソース
- Albany Herald — Yum Yum Sauce runs in Terry Ho’s veins 英語:テリー・ホー氏の地元紙の記事
- The Takeout — The American Origins Of The Yum Yum Sauce We Love Today 英語:ヤムヤムソースのアメリカでの起源
- NPR — Yum Yum Sauce: The Making Of An American Condiment (2019) 英語:NPRの記事(HPPRの転載で閲覧)
アメリカの食品安全:
- USDA FSIS — Leftovers and Food Safety 英語:残り物の保存と温め直し
英語のレシピの例:
- CopyKat — Easy Yum Yum Sauce Recipe (Japanese Hibachi Style) 英語:「日本」と分類されたヤムヤムソースのレシピ
- Tasting Table — on teppanyaki vs. hibachi 英語:鉄板焼きと「hibachi」の違い
この記事は、シリーズ英語の日本料理レシピは何を間違えているのかの一本です。日本語の名前を持つアメリカ生まれの料理として、照り焼きは「ソース」ではないもどうぞ。


