国境を越えた料理

カツのない「カツカレー」とクリームチーズの巻き寿司:海外生まれの「日本料理」

イギリスでは「カツ」がカレーソースの名前になり、アメリカではフィラデルフィアロールやスパイシーツナロールが定番です。海外で「日本料理」として売られる料理がどこで形になったのか、日本語ではその言葉が何を指すのかを確かめます。

チキンカツカレーの皿。片側に白いご飯、もう片側になめらかなカレー、中央に切り分けた鶏のカツ、少しの赤い福神漬け。

海外で「日本料理」として売られているものの多くは、海外で生まれています。イギリスで「カツ」といえば、カツの入っていないカレーソースを指すことがあります。アメリカではフィラデルフィアロール、スパイシーツナロール、スシブリトーがおなじみの寿司メニューです。英語圏の「日本風」レシピにはシラチャーソースがよく出てきますが、これは日本のものではありません。

だからといって、これらが偽物というわけではありません。それぞれに歴史のある、れっきとした料理です。正したいのは呼び方だけです。英語のレシピがそれを「本場の日本の味」と呼んだり、日本語の言葉を日本人には通じない意味で使ったりするとき、日本語での本来の意味を知っておくと役に立ちます。

それぞれの料理がどこで形になったのか、日本の辞書や企業がその言葉をどう説明しているのかを見ていきます。

要点

料理・言葉形になった場所日本語での意味
ソースや味の名前としての「カツカレー」イギリス。ワガママの1号店(1992年)にさかのぼるとされるカツをのせたカレーライス
フィラデルフィアロールアメリカ日本の料理ではない。名前の由来には諸説ある
裏巻きアメリカ。カリフォルニアロールに始まるとされる裏巻き
スパイシーツナロール、スパイシーマヨアメリカ「ツナ」はふつう、缶詰のような油漬けの加工品
シラチャーソースタイ風のソース。アメリカのフイフォン・フーズが有名にした日本の調味料ではない。日本で売られるある商品はタイ由来をうたっている
スシブリトーアメリカ。Sushirrito(サンフランシスコ、2011年)が広めた伝統的な日本の料理に相当するものは確認できなかった
スパムむすびハワイ。起源には諸説ある沖縄に、缶詰の肉と卵のよく似たおにぎりがある

カツカレー:日本ではカツ、イギリスではソース

日本でカツカレーといえば一皿の料理です。デジタル大辞泉の定義はこうです。

「豚肉などのカツをのせたカレーライス。」 — デジタル大辞泉(小学館)、コトバンク

最初の店は数え方しだいです。『dancyu』は、東京・浅草の洋食屋台から始まり1918年創業とされる「河金」の「河金丼」を、元祖カツカレーとしています。「カツカレー」の名前で皿に盛ったものは銀座の「銀座スイス」とし、同誌が伝える店の説明では、1948年に巨人軍の千葉茂選手が、別々に食べるのは面倒だとカレーライスにカツをのせるよう頼んだのが始まりです。英語版ウィキペディアは、東京・新宿の「王ろじ」(1921年)を3つ目の候補に挙げています。

(カレーそのものがイギリス経由で来たルウの煮込みであることは、日本のカレーはインドのカレーではないで書きました。)

イギリスで「カツ」が味の名前になるまで

イギリスでは、たどるとロンドン発祥のレストランチェーン、ワガママ(Wagamama)に行き着きます。日本貿易振興機構(ジェトロ)は、イギリス在住のシェフで料理作家のティム・アンダーソンさんの言葉として、「イギリスのカツカレーの起源は、1992年のワガママ(アジアン・フュージョンのレストランチェーン)1号店にさかのぼる」と紹介しています(英語の原文を訳したもの)。ジェトロによると、カツカレーは開店時のメニューにあり、当時のイギリスの客の多くは日本料理をまだよく知りませんでした。GIGAZINEは、ロンドン・ブルームズベリーのこの1号店の開店を1992年4月22日としています。

年月とともに、言葉の意味がずれていきました。ジェトロの記事によると、イギリスでは「カツ」が甘いカレー味の日本風ソースの名前として使われるようになり、「カツカレー、さらには単に『カツ』が、流行の日本の味になった」といいます(英語の原文を訳したもの)。例として、カツ味のカシューナッツ、カツマヨ、カツカレーソースのさばが挙げられています。カツカレー味のオーツ麦のような商品は「(日本人から見ると)意外」とも書いています。

商品を見ると、この変化がよくわかります。

  • ワガママのカツカレーソースは、イギリスの食料品通販オカドで売られている、肉の入っていない調理済みのソースです。ビーガン対応の表示があり、説明には「当店の最も象徴的な料理の決め手」とあって(英語の原文を訳したもの)、鶏肉とご飯は自分で用意するよう勧めています。
  • テスコのFinestシリーズのカツカレー味ポテトチップスは、スパイス、オニオンパウダー、ガーリックパウダーで味つけしたポテトチップスです。カツはどこにもありません。ここでの「カツカレー」は味の名前です。

SoraNews24も2020年に、イギリスの人々が日本のカレールウを、肝心の「カツ」が入っていなくても「カツカレー」と呼ぶようになったと伝えています。

借りてきた言葉としては、よくあることです。ただ、日本語の「カツ」はあくまで揚げたカツそのものです。鍋の中身も違うことがあります。ジェトロは、イギリスのものにはココナッツミルクが入ることがあり、それは「イギリスのカレーでは人気だが、伝統的な日本のカレーにはふつう使わない」と書いています(英語の原文を訳したもの)。

日本の企業も関わっています。ジェトロによると、エスビー食品は60か国以上に輸出しており、ヨーロッパではイギリスが最大の市場です。

なお、アメリカの英語のレシピで「カツソース」は、とんかつソースを指すことがよくあります。これはまた別物で、日本のソースの種類で扱っています。

フィラデルフィアロールと裏巻き

フィラデルフィアロールはアメリカの巻き寿司です。英語版ウィキペディアは、「一般に、スモークサーモン(ときに生のサーモン)、クリームチーズ、きゅうりで作る」と説明し、ご飯はふつう外側で、西洋風の多くのロールと同じく「アメリカの市場に向けてデザインと名前が変えられている」と書いています(英語の原文を訳したもの)。日本語版ウィキペディアも、アメリカ発祥の巻き寿司の一種としています。

説が分かれるのは名前です。日本語版ウィキペディアは、名前はクリームチーズの銘柄「フィラデルフィア」から来ていて、都市とは直接関係がないとしています。英語圏の料理メディアTasting Tableは別の話を伝えています。フィラデルフィアのレストラン経営者「マダム・サイトウ」が、ロックス(サーモンの燻製)とベーグルをもとに考え、市長にフィラデルフィアをたたえる寿司を頼まれた、というものです。どちらも一次資料を示していないため、考案者も名前の由来も定まっていないものとして扱います。資料が一致しているのは、アメリカの客のために作られたこと、伝統的な日本の巻き寿司ではないことです。

なぜご飯が外側なのか

ご飯が外、海苔が内という形も、アメリカで生まれたものです。日本語版ウィキペディアのカリフォルニアロールの項目は、この裏巻きを、アメリカの客が海苔をはがして食べるのを見た寿司職人が考えたものとしています。海苔と茶の山本山の当主、山本嘉兵衛さんは、Forbes JAPANのインタビューでその発想をこうまとめています。

「表が黒いから食べないのであれば表を白くすればよい。」 — 山本嘉兵衛(山本山)、Forbes JAPAN

同じインタビューで、裏巻きのカリフォルニアロールはその後アメリカで大人気になったと話しています。考案者は特定の一人ではなく、何人かの寿司職人の名前を挙げています。カリフォルニアロールを誰が考えたかは複数の話があるため、ここでは一つに決めません。

スパイシーツナ、スパイシーマヨ、そして「ツナ」の意味

スパイシーツナロールも、アメリカの定番です。英語版ウィキペディアによると、1980年代にロサンゼルスで、まぐろの切れ端をチリソースと混ぜて生まれたもので、ふつうは生のまぐろと「スパイシーマヨかシラチャー」を使います。ウィキペディアは考案者と店の名前も挙げていますが、一次資料で確かめられなかったため、ここでは省きます。

日本人が運営するレシピサイトにも、スパイシーマヨをアメリカのものとするところがあります。英語で日本料理のレシピを紹介する「Just One Cookbook」を運営するナミコ・チェンさんは、読者への返信でこう書いています。

「日本にスパイシーマヨはありません。完全にアメリカのものです。」 — ナミコ・チェン、Just One Cookbook(「Spicy Mayo」の読者コメント欄。英語の原文を訳したもの)

同じ返信で、日本では伝統的な寿司にこの種のソースはかけないとも書いています。サイトのレシピは、日本のマヨネーズにシラチャーとライム果汁少々を混ぜたものです。日本の回転寿司チェーンのメニューは確かめていないので、マヨネーズをのせた寿司が日本にないとまでは言いません。マヨネーズそのものについてはキユーピーマヨネーズをご覧ください。

「ツナ」とまぐろ

ここには言葉のずれがあります。アメリカの寿司メニューの「tuna」は生のまぐろですが、日本語の「ツナ」はそうではありません。デジタル大辞泉は、ツナをまぐろ類の魚としたうえで、こう加えています。

「一般に、ビンナガの油漬けをいう。」 — デジタル大辞泉(小学館)、コトバンク

精選版 日本国語大辞典は、ツナをまぐろの肉の加工品としています。シーチキンのはごろもフーズは日刊ゲンダイに、加工品が「ツナ」、それを油漬けなどの缶詰にしたものが「ツナ缶」だと説明し、ツナはまぐろだけでなくかつおからも作られるとしています。

辞書はツナを「まぐろ」という和名で定義しており、コトバンクの百科事典は、まぐろ、とくにくろまぐろを刺身や寿司に珍重される魚としています。この定義に従えば、「スパイシーツナ」を日本語でそのまま受け取ると、生の魚ではなく缶詰のほうを思い浮かべることになります。

家庭での生の魚については、「スシグレード」に法的な意味はないで書きました。

シラチャー:タイ風のソースを、カリフォルニアが有名にした

スミソニアン誌は、フイフォン・フーズのシラチャーを、「タイのシラチャーで生まれたホットソースの一種」と説明しています(英語の原文を訳したもの)。同じ記事によると、創業者のデビッド・トランさんは「南ベトナムからの難民」で、ロサンゼルスのチャイナタウンで会社を興しました。フイフォンの所在地はカリフォルニア州アーウィンデールで、同社はソースを「完熟した唐辛子をなめらかなペーストにして作った」と説明しています(英語の原文を訳したもの)。

日本で売られているシラチャーにも、タイ由来をうたうものがあります。明治屋がタバスコブランドのシラチャーを発売したとき、日本食糧新聞は商品説明をこう紹介しています。

「タイのレシピをルイジアナ風にアレンジしたオリジナルのシラチャーソース」 — 日本食糧新聞(明治屋 タバスコ シラチャーソース)

シラチャーには、タイ、ベトナムからの難民、ロサンゼルスを経た独自の歴史があります。ただ、日本の調味料ではありません。

スシブリトーとスパムむすび

スシブリトーは、アメリカのファストカジュアルの発想です。早い時期の例として最もよく記録されているのはSushirritoというチェーンで、英語版ウィキペディアによると「2011年1月にサンフランシスコで始まり」、「伝統的な寿司とブリトーの形を組み合わせたもの」を売っています(英語の原文を訳したもの)。伝統的な日本料理として扱う日本語の資料は見つかりませんでした。

スパムむすびはハワイの軽食です。日本語版ウィキペディアは、州全体でよく食べられる軽食で、ハワイのローカルフードとされるとしています。起源には諸説あり、英語版ウィキペディアもそうはっきり書いています。日本語版ウィキペディアは、ハワイでスパムが広まったのを第二次世界大戦後に帰還した日系人兵士にさかのぼらせ、スパムむすびはカウアイ島のレストラン経営者、バーバラ・フナムラさんが1983年に考案したとしています。英語版ウィキペディアは別の説も挙げており、本土の日系人強制収容所の生存者が、その前身を作っていたというものです。資料が一致しているのは、これがハワイの定番になり、「日本のおにぎりの伝統にならって」海苔で巻かれていることです(英語の原文を訳したもの)。

日本にも近い親戚があります。日本語版ウィキペディアによると、戦後に米軍の物資を通じてスパムが根づいた沖縄では、よく似た「ポーク玉子おむすび」が食べられることがあります。英語版ウィキペディアは、卵入りのスパムむすびが「ポタマ」と呼ばれることもあると書いています。ここでの「ポーク」は生の豚肉ではなく、缶詰の肉のことです。おにぎりと寿司の違いについては、おにぎりは寿司飯で作らないをご覧ください。

なぜこうなるのか

日本の発想が海を渡り、土地の好みに合わせて変わっていきます。イギリスのカレーにはココナッツミルク、アメリカの巻き寿司にはクリームチーズと裏巻き、ハワイにはスパム。イギリスの「カツ」のように、名前の意味そのものが変わることもあります。

英語のレシピやメニューを読むときは、次の点を頭に置いておくと混乱しません。

  • イギリスのレシピの「カツカレーソース」は、ソースのことです。 カツは入っていません。
  • アメリカの寿司メニューの「ツナ」は、ふつう生のまぐろです。 缶詰のツナではありません。
  • 日本風に聞こえる材料が日本のものとは限りません。 シラチャーはタイ風で、Just One Cookbookはスパイシーマヨをアメリカのものとしています。
  • イギリス風のカツカレーもスパイシーツナロールも、それ自体はれっきとした料理です。 誤りがあるとすれば、それを「本場の日本の味」と呼ぶことです。

よくある質問

イギリスではなぜカレーソースを「カツ」と呼ぶのですか。 ジェトロはシェフのティム・アンダーソンさんの話として、イギリスのカツカレーを1992年のワガママ1号店にさかのぼらせています。やがてイギリスでは「カツ」が、甘いカレー味のソースの名前として使われるようになりました。ワガママ自身のカツカレーソースやカツカレー味のポテトチップスには、カツは入っていません。

カツカレーそのものは日本の料理ですか。 はい。日本ではカツをのせたカレーライスで、起源の話はどれも東京の店のもので、1918年、1921年、1948年とされます。イギリス生まれなのは、「カツ」「カツカレー」をカレーソースや味だけの名前として使うことです。

フィラデルフィアロールの名前は都市名から来ているのですか。 日本語版ウィキペディアはクリームチーズの銘柄から来ていて都市とは関係がないとし、Tasting Tableはフィラデルフィアのレストラン経営者が考えたとしています。どちらも一次資料を示しておらず、考案者も名前の由来も定まっていません。

スパイシーマヨやシラチャーは日本のものではないのですか。 Just One Cookbookのナミコ・チェンさんは、スパイシーマヨを「完全にアメリカのもの」としています。シラチャーは、スミソニアン誌によればタイのシラチャー生まれのホットソースの一種で、日本で明治屋が売るタバスコのシラチャーもタイのレシピをもとにしているとうたっています。

この記事の調べ方

日本側については、コトバンクのデジタル大辞泉、精選版 日本国語大辞典などの辞書・百科事典、ジェトロのJapan Foodのサイト、日刊ゲンダイが伝えたはごろもフーズの説明、日本食糧新聞、『dancyu』、Forbes JAPAN、日本語版ウィキペディアによっています。イギリスとアメリカでの使われ方は、SoraNews24、スミソニアン誌、フイフォン・フーズ、Just One Cookbook、英語版ウィキペディアによっています。イギリスの商品の例は販売店(オカド、テスコ)の商品ページで、内容が変わることがあります。アメリカの巻き寿司、スシブリトー、スパムむすびの起源は主にウィキペディアにより、ウィキペディア自体も二次資料にもとづいています。英語資料からの引用は当サイトで訳しました。フィラデルフィアロールの考案者と名前の由来、スパイシーツナロールの考案者、カリフォルニアロールの考案者、スパムむすびの起源など、説が分かれる点は一つに決めず、その旨を書いています。この記事のために調理や試食はしていません。

参考資料

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