安全と表示

「わさびが寄生虫を殺す」は本当か:英語圏の刺身の安全神話を確かめる

英語圏では「日本の刺身は新鮮だから安全、わさびも効く」と説明されがちです。アニサキスの統計、厚生労働省の見解、サーモンの刺身がノルウェーとともに広まった経緯、FDAの立場を確かめます。

暗い色の皿に盛られた、白い脂の筋が入った鮮やかなオレンジ色のサーモンの刺身。小さく盛ったわさびと大葉が添えてある。

英語圏では、こんな説明をよく見かけます。日本人は生魚をたくさん食べているのに体をこわさない。だから新鮮な魚は安全で、わさびもたぶん効いているのだろう、と。

日本の保健当局の見方は違います。アニサキスは毎年、日本の食中毒の主な原因に入っています。厚生労働省は、内臓を早く取り除き、幼虫がいないか目で確かめるよう求め、事業者には冷凍か加熱も求めています。そして、わさびや酢、醤油ではアニサキスは死なないと、はっきり書いています。

もうひとつ、アメリカ人が刺身と聞いてまず思い浮かべるサーモンは、日本の生食では新顔です。日本の回転寿司チェーンによれば、1980年代まで鮭は生で食べられていませんでした。北海道のアイヌの食文化には例外が2つありますが、どちらも新鮮な生の切り身ではありません。日本の資料が何を言い、どこから先は言っていないのかを見ていきます。

要点

  • アニサキスの食中毒は毎年数えられています。 2025年は280件、患者283人で、件数では2番目に多い原因でした。
  • 「新鮮だから安全」は一部にすぎません。 厚生労働省は、内臓を早く取り除くこと、幼虫を確認することも求め、事業者には冷凍か加熱を求めています。
  • ふつうの調理で使う量のわさび、酢、塩、醤油では、アニサキスの幼虫は死にません。 厚生労働省と農林水産省がそう書いています。
  • 鮭は、日本では主に加熱して食べる魚でした。 サーモンの生食が広まったのは、1980年代半ばにノルウェーが日本で養殖サーモンを売り込み始めてからです。アイヌの料理2つは例外で、どちらも寄生虫のリスクを下げる扱い方です。ルイベは凍らせ、チタタプは細かくたたきます。
  • アメリカのFDAは、いちばん安全なのは加熱することだとしています。 詳しくは「スシグレード」の魚の記事で書いています。

日本の数字

アニサキスは日本の食中毒の主な原因

厚生労働省の2025年の概要は、件数の多い原因として「例年と同様」にノロウイルス、カンピロバクター、アニサキスの3つを挙げ、合わせて全体の約80%としています。京都府が厚生労働省の全国集計を引いて示した数字では、全国で1,172件、患者24,727人。アニサキスは280件、283人で2番目でした。

年アニサキスの件数患者数出典
2023432(この年は件数で最多)441食品安全委員会
2024確認できず337厚生労働省
2025280283厚生労働省の集計(京都府経由)

厚生労働省の2025年の概要は、傾向をこうまとめています。

アニサキスによる食中毒の事件数及び患者数は、3年連続で減少した。 — 厚生労働省「令和7年食中毒発生状況の概要」

2024年の件数と、減った理由についての公式の説明は見つからなかったので、ここでは理由を推測しません。

ノロウイルスは1件あたりの患者が多く、京都府の数字では2025年の患者24,727人のうち18,566人、約4分の3を占めます。アニサキスはたいてい1件1人なので、厚生労働省の概要では、2025年の件数の23.9%を占めながら、患者数では1.1%にとどまります。

届け出は実際の一部にすぎない可能性

公式の数字は届け出があったものだけです。国立感染症研究所などの研究者が2022年に米国CDCの学術誌『Emerging Infectious Diseases』に発表した研究は、健康保険の請求データを使って、2018〜2019年のアニサキス症を「年平均19,737件と推定」し、届け出の数は「その40分の1未満と、かなり少ない」と書いています(英語の原文を訳したもの)。これは推定で、実数ではありません。


「新鮮だから安全」ではない

英語圏では、日本の生魚が安全なのは新鮮だから、という短い説明がよく見られます。鮮度は厚生労働省の助言の一部ですが、一部にすぎません。

厚生労働省のアニサキスのページは、助言を2つに分けています。

消費者向け:

  • 新鮮な魚を選び、丸ごと1匹で買ったら、すぐに内臓を取り除く。
  • 内臓を生で食べない。
  • 目で見て、幼虫を取り除く。

事業者向けには同じ内容(内臓を生で提供しない)に加えて、2つがあります。

  • 冷凍:−20°Cで24時間以上。
  • または加熱:70°C以上、または60°Cなら1分。

食品安全委員会は、鮮度が落ちたり、漁獲から時間がたったりすると、内臓にいる幼虫が身に移ることがあると説明しています。そのため、内臓やそのまわりの腹身を早く取り除くことも予防に有効とされています。

日本の24時間とFDAの7日がなぜ違うのか、日本の「生食用」の表示が何を意味するのかは、「スシグレード」とは何かで書きました。ほかの生の食品については日本の生食のルールをどうぞ。


わさびでも酢でも醤油でも、アニサキスは死なない

英語圏のページが書いていること

英語圏では「なぜすしにわさびを添えるのか」という問いに、魚を殺菌するため、と答えるものがあります。バンコクのおまかせ料理店 Yuzu Omakase の英語のブログは、わさびの辛み成分が「生の魚介によくいる細菌や寄生虫を殺す。アニサキスの幼虫やビブリオ菌もそうだ」と書いています(英語の原文を訳したもの)。公平のために言えば、同じページのFAQは、わさびは「魚を完全に殺菌するわけではない」とし、仕入れや温度管理、扱い方が欠かせないとも書いています。

日本の当局が書いていること

厚生労働省は、この考えに正面から答えています。

一般的な料理で使う食酢での処理、塩漬け、醤油やわさびを付けても、アニサキス幼虫は死滅しません。 — 厚生労働省

農林水産省の消費者向けページも、酢、塩、醤油、わさびについて同じことを書いています。東京都練馬区は「一般的な料理で使う量・濃度」の調味料と明記しています。実験室の濃度ではなく、実際に味をつけた料理の話です。当局の説明では、わさびを少しのせることは安全対策ではありません。

英語圏ですしに添えられる緑のペーストの中身については本わさびと西洋わさびで書いています。

しめさばも同じ

酢で締める工程が処理のように見えるため、この思い込みがいちばん問題になるのがしめさばです。農林水産省ははっきり書いています。

酢で締めるだけではアニサキスは死にません! — 農林水産省

農林水産省のリスクプロファイルシート(2019年版)は、2016〜2018年のさばが原因のアニサキス140件のうち、79件がしめさばだったとしています。

しめさばを作るなら、酢で締める前か後にさばを冷凍するよう農林水産省は勧めています。家庭の冷凍庫では「強」に設定し、−20°C以下であることを確かめ、凍ってから24時間以上おくように、としています。


サーモンの刺身は新しい

鮭は加熱して食べる魚だった

日本の主流の料理で、生の鮭は新しいものです。回転寿司大手のくら寿司は、サーモン寿司40周年を記念した2025年のプレスリリースで、1980年代までは鮭を生で食べることすらなかったとしています。企業の記念日向けの言い回しで、文字どおりに受け取ると言いすぎです(後のアイヌの例外を参照)。リリースは、養殖サーモンを従来の鮭と対比しています。

加熱しないと食べられない鮭とは異なり — くら寿司 プレスリリース(2025年10月)

従来の鮭がそう扱われてきた理由は、日本の公衆衛生の資料から見えてきます。厚生労働省は、アニサキスが寄生する魚にサケを挙げています。食品安全委員会のためにまとめられた2011年の文献調査報告書は、日本海裂頭条虫の感染源としてサケ科の魚、具体的にはサクラマスとカラフトマスを挙げ、原因食品としてそれらの刺身、すし、ますずしを挙げています。

ただ、寄生虫が鮭を加熱してきた理由だと書いた日本の資料は見つかりませんでした。習慣とリスクは、別々に記録されています。

アイヌの2つの例外

北海道のアイヌの食文化には、加熱しない鮭があります。ただ、どちらも例外で、どちらも寄生虫の問題にかかわる扱い方をしています。ひとつは国の資料が寄生虫対策になったとしており、もうひとつは今の公衆衛生の助言と重なります。

ルイベ:凍ったまま食べる鮭。 農林水産省北海道農政事務所の2025年11月のニュースレターは、ルイベを、鮭や鱒を凍らせ、解かさずに刺身として食べるものと説明しています。晩秋から初冬にとった鮭を雪に埋め、凍ったまま薄く切って食べたアイヌに由来するとし、こう添えています。

寄生虫対策にも有効だったこの方法 — 農林水産省 北海道農政事務所「地域の和食文化ネットワーク北海道」2025年11月28日号

考え方は、−20°Cで24時間以上という今の日本の基準と同じです。ただ、昔の雪の中がどこまで冷えたのかを示す数字は見ていないので、昔ながらのルイベがこの基準を満たしていたとは扱いません。いずれにせよ、ルイベは冷凍した魚で、新鮮な生の鮭ではありません。

チタタプ:細かくたたいた鮭。 同じ事務所の2026年の冊子は、魚や獣肉を刃物でたたいて細かくする、アイヌの伝統的な調理法チタタプを紹介しています。

新鮮な食材は生で食べることもあり、なかでもサケを使ったチタタプは、秋の限られた時期にだけ作られる特別な料理でした。 — 農林水産省 北海道農政事務所(2026年)

冊子によると、鮭のチタタプは頭、えら、白子、昆布、ねぎをたたいて作ります。チタタプの項には寄生虫の話は出てきません。ただ、細かくたたくことは日本のアニサキス対策にも出てきます。東京都南多摩保健所は、家庭でなめろうを作る人に、魚を細かくたたくよう勧めています。同じページは事業者向けに、冷凍か加熱がいちばん確実な予防だとしているので、たたくのはリスクを下げる方法で、なくす方法ではありません。

つまり「日本人は鮭を生で食べなかった」は正確ではありませんが、例外は凍らせた料理とたたいた料理で、季節に作られるものでした。1980年代に来たのは別物です。新鮮な生のサーモンを切って、全国で日常のすしや刺身の魚として食べることでした。

鮭とサーモン

鮭サーモン
これらの資料での意味日本で昔から食べてきた鮭ノルウェー産などの養殖サーモン。英語から来た言葉
食べ方加熱生で、すしや刺身に

くら寿司のリリースで、在日ノルウェー大使館の水産参事官は、ノルウェーは自国のサーモンを、日本人が加熱してきた鮭とは「まったく違う」ものとして紹介し、養殖魚に寄生虫がいないことを売りにしたと語っています。これは売る側の説明です。農林水産省のアニサキスのリスクプロファイルシートは、もっと限定した言い方で、寄生虫のいない配合飼料で育てた養殖サーモンは、刺身で食べられる安全なものとして生産できるとしています。

2つの言葉は市場での使い分けで、安全の保証ではありません。日本の包装で生食に使えることを示すのは「生食用」や「刺身用」の表示です。

プロジェクト・ジャパン:ノルウェーはどう売り込んだか

ノルウェー水産物審議会は、自分たちの側からこの話を語っています。40周年を記念した2025年のリリースによると、「1985年、ノルウェー人の代表団が日本人に魚を売ろうと東京を訪れ」、それが「元漁業大臣トール・リスタウが率いた」プロジェクト・ジャパンにつながりました。1980年代の日本では、すしの需要が「マグロの供給を上回っていた」としています(いずれも英語の原文を訳したもの)。

審議会は「すぐに成功したわけではない」とし、関係づくりに約10年かかったと書いています。輸出の数字が規模を示しています。1980年に日本へ2トン、20年後には45,000トン以上です。

日本の情報を英語で発信する Unseen Japan の記事は、生のサーモンを「1980年代以前は日本の食生活にほとんどなかった」とし、大筋は合っています。ただ、プロジェクトが正式に始まった年や、かかわった日本企業など一部の細部は、一次資料で確認できませんでした。

回転寿司が人気を決めた

くら寿司のリリースでは、会社側も参事官も、サーモンを人気にしたのは回転寿司だとしています。会社は1980年代、同じ時期に急成長していた回転寿司チェーンでサーモン寿司が売られ始めたとしています。参事官は1992年を転機に挙げています。ノルウェーのサーモンが供給過剰になり、ノルウェーが日本の企業に回転寿司用として7,000トンを提案したといいます。あわせると、サーモンの生食が根づいたのは1980年代半ばから1990年代初めです。

月1回以上回転寿司に行く全国の15〜59歳3,000人を対象にした毎年のネット調査でも、サーモンは首位を続けています。2021年はマルハニチロ、2026年は社名を変えた同じ会社、Umiosが発表しました。

調査年よく食べるネタの1位発表
2021サーモン(45.4%)、2012年から10年連続マルハニチロ
2026サーモン(47.7%)、2012年から15年連続Umios(旧マルハニチロ)

日常のすしの魚としてのサーモンは、何百年という意味での「伝統的な日本料理」ではありません。それでも今ではすっかり日本のものです。日本とノルウェーの協力から生まれた新しい料理だからといって、価値が下がるわけではありません。


アメリカの当局が書いていること

アメリカの指針は短く、日本より慎重です。FDAの消費者向けの魚介のページ(2024年3月5日時点の内容)は、「それでも生の魚を食べるなら、目安のひとつは、一度冷凍された魚を食べること」としながら、「冷凍ですべての有害な微生物が死ぬわけではない。だから、いちばん安全なのは加熱すること」と書いています(英語の原文を訳したもの)。妊娠中の人、幼い子ども、高齢者、免疫の弱い人は、生や加熱不足の魚介を避けるべきだとし、例に刺身を挙げています。

FDAの冷凍の条件と、アメリカの魚売り場で何を聞けばよいかは「スシグレード」とは何かで書きました。生卵と卵かけご飯、日本で淡水魚を生で食べない理由もどうぞ。

この記事は医療上の助言ではありません。


よくある質問

海外では、日本の刺身の安全はどう説明されていますか。 英語圏では「新鮮だから安全」「わさびが殺菌する」と説明されることがあります。日本の当局はどちらも十分とは見ていません。厚生労働省の助言は、内臓の除去、幼虫の確認、事業者には冷凍か加熱を求めるもので、わさび、酢、醤油ではアニサキスの幼虫は死なないとしています。

サーモンの刺身はいつから食べられるようになったのですか。 くら寿司は、1980年代まで鮭は生で食べられていなかったとしています。ただアイヌの食文化には、凍らせたルイベと、細かくたたいたチタタプという例外があります。1985年にノルウェーの代表団が魚を売りに東京を訪れ、ノルウェーがプロジェクト・ジャパンと呼ぶ取り組みにつながりました。その後、回転寿司を通じて広まりました。

アニサキスの実際の患者はどのくらいいるのですか。 届け出は年に数百件です(2023年432件、2025年280件、2024年の患者は337人)。2022年の研究は、2018〜2019年の健康保険の請求データから、年に約19,737件と推定しており、届け出よりはるかに多い数字です。

アメリカでは刺身についてどんな指針がありますか。 FDAは、生で食べるなら一度冷凍した魚を、としつつ、いちばん安全なのは加熱だとしています。妊娠中の人や幼い子ども、高齢者、免疫の弱い人には、刺身などの生の魚介を避けるよう勧めています。


この記事の調べ方

日本側は日本語の公的資料によっています。厚生労働省のアニサキスのページと2025年の食中毒の概要、農林水産省のアニサキスのページ、食品安全委員会のリスクプロファイルと、同委員会のためにまとめられた2011年の条虫の報告書、農林水産省北海道農政事務所のアイヌの食文化の資料、京都府、練馬区、東京都南多摩保健所のページです。サーモンの歴史は、企業と業界の発表(くら寿司、ノルウェー水産物審議会、マルハニチロとUmiosの調査)によっており、本文でそれぞれ出典を示しています。日本語資料からの引用は原文のまま短くとどめ、英語の資料からの引用は短く訳しています。2024年の件数や、プロジェクト・ジャパンの正式な開始年の一次資料のように確認できなかったことは、その旨を書くか、書かずにおきました。この記事は医療上の助言ではありません。

参考資料

日本の公的資料:

研究:

業界と企業の資料:

アメリカの公的資料:

英語圏の例:


この記事は、シリーズ英語の日本料理レシピは何を間違えているのかの一本です。

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