翻訳で消えたもの

食パンは「ミルクブレッド」ではない:英語圏が誤解する日本の食パン

英語圏では食パンを「Japanese milk bread」と呼び、柔らかさの秘密は湯種だと説明します。日本の表示規約が食パンを何で定義しているか、アメリカの「milk bread」の基準とあわせて確かめます。

こんがりと焼き色のついた背の高い角形の食パン。厚く切った2枚から、白く柔らかい内側が見えている。

英語で「shokupan」を検索すると、同じ3つの説明がよく出てきます。食パンは「Japanese milk bread(日本のミルクブレッド)」で、「Hokkaido milk bread」とも呼ばれ、柔らかさの秘密はタンジョン(湯種に近い、加熱した粉の糊)にある、というものです。たとえばオンライン講座サイトの MasterClass は、食パンを「タンジョンという技法から柔らかな食感を得るパン」と説明しています(英語の原文を訳したもの)。

日本の定義が見ているのは、まったく別のところです。包装食パンの表示についての業界規約は、食パンを焼くときの型で定義しています。牛乳も、特定の製法も定義には入っていません。大手製粉会社のニップンが公開している基本の食パンは、湯種を使わず、スキムミルクも少量です。

ミルクブレッドのレシピが間違っているわけではありません。牛乳入りの湯種食パンはきちんとしたパンで、食パンの一種です。ただ、それが食パン全体の定義ではありません。

要点

  • 食パンは、食パン型(角形のふた付き、または山形のふたなし)で焼いたイースト発酵のパンです。
  • 牛乳は必須ではありません。 日本のレシピにはスキムミルクを少し入れるものが多く、牛乳を使うものもありますが、定義の条件ではありません。
  • 湯種は、英語圏のタンジョンのもとになった製法で、いくつかある製法のひとつです。食パンを食パンにしている条件ではありません。
  • 「ミルク」をうたう表示には、日米どちらにも基準があります。 日本の規約は包装パンが「ミルク」を強調するための乳成分の下限を定め、アメリカには「milk bread」として売るための連邦基準があります。

日本の表示規約は何と書いているか

日本の包装パンの表示は、公正競争規約にもとづいています。業界の協議会が作り、公正取引委員会と消費者庁が認定した表示のルールです。すべてのパンにかかる法律ではなく、包装食パンと、それを製造・販売する事業者に適用されます。包装食パンについては「包装食パンの表示に関する公正競争規約」があり、日本パン公正取引協議会が運用しています。

第2条は包装食パンを定義していて、パンそのものについての条件は焼き方だけです。

パン生地を食パン型(直方体又は円柱状の焼き型をいう。)に入れて焼いたもの — 日本パン公正取引協議会 公正競争規約 第2条

残りは水分(10%以上)と、包装・出荷のしかた(工場で冷まし、包装してから店に送る)です。材料は「パン生地」以外に何も挙げておらず、製法も指定していません。厳密には、この条文は「食パン」という言葉を一から定義するのではなく、包装された食パンに範囲を絞るものです。それでも、パン自体について書いているのは型だけです。

県の基準もほぼ同じです。埼玉県のパン類の認証基準は、食パンを「直方体又は円柱状」の食パン型に入れて焼いたものとし、乳・乳製品は果実や野菜と並ぶ任意の副材料として挙げているだけです。

つまり少なくとも日本の表示のルールでは、「食パン」は「ミルクブレッド」ではなく「型で焼いた食事用のパン」に近い言葉です。小麦粉、水、イースト、塩だけの生地を直方体の型で焼いたものも、どちらの定義からも外れません。


牛乳が意味を持つのは表示のとき

規約のなかで牛乳に役割がないわけではありません。定義ではなく、表示の場面です。規約の施行規則は、包装食パンがミルクや牛乳を強調して表示できるのは、生地が次の基準を満たす場合だけとしています。

乳固形分を5パーセント以上(うち乳脂肪を1.35パーセント以上) — 日本パン公正取引協議会 施行規則 第3条

この割合は小麦粉の重量を100とした数字で、牛乳を生地に練り込んだパンが対象です。チーズ、はちみつ、レーズンにも同様の基準があります。

アメリカはもっとはっきり線を引いています。連邦の「標準規格(standards of identity)」には、ミルクブレッドだけの項目 21 CFR 136.130 があります。「milk bread」として売るには、生地を牛乳で練るか、無脂乳固形分と乳脂肪の比率が牛乳と同じになる乳原料の組み合わせ(水を加えてもよい)で練る必要があります。どちらの場合も、小麦粉100に対して乳固形分8.2以上(重量比)が条件です。バターミルク、ホエイ、乳たんぱくは認められていません。ふつうのパン(21 CFR 136.110)にも乳原料は入れられますが、ミルクブレッドの基準を下回る量に限られます。

日本の製粉会社の基本の食パンと比べてみます。

小麦粉100に対する乳固形分練り水
ニップンの基本の食パン(下のオーブンでの作り方)約2(強力粉300gにスキムミルク6g)水
日本の規約で包装パンが「ミルク」を強調する条件5以上(乳脂肪1.35以上)指定なし
アメリカの基準で「milk bread」と名乗る条件8.2以上牛乳、または牛乳と同等の乳原料(水との併用可)

ニップンの基本のレシピは、どちらの基準にも届きません。ふつうの食パンです。

これらは包装パンの表示のルールで、レシピの書き手が手作りのパンを何と呼ぶかまでは決めていません。ただ、両国とも牛乳を売り文句にするには一定の基準を設けている、ということは分かります。


湯種とタンジョン:製法であって定義ではない

英語圏の人気ページは、タンジョンを食パンの食感の決め手として紹介しています。アメリカの King Arthur Baking が書く歴史はおおむね正確で、タンジョンは「日本の湯捏ね(湯種)の技法に起源があり」、台湾の料理書の著者 Yvonne Chenがアジアに広めた、としています(英語の原文を訳したもの)。

日本では、湯種はいくつかある標準的な製パン法のひとつです。米粉パンの製法を比べた愛知県の農業改良普及の報告(2010年)は、冒頭でこう書いています。

製パンの基本製法に直捏法、中種法、湯種法がある。 — 愛知県 海部農林水産事務所(2010)

山形大学の研究者と食品会社による2024年の学会講演要旨は、湯種のパンがふつうのパンより柔らかく甘いため「主に日本で」人気があるとしています。あわせて欠点も挙げていて、従来の製法では湯種の準備に約24時間かかり、生産に時間がかかるといいます。

大事なのはここです。湯種は、日本のパン職人が一部のパンで選ぶ製法です。たとえばニップンの基本の食パンはストレート法(直捏法)です。MasterClass はタンジョンを「粉と牛乳や水を加熱してのり状にする、水のルー」と説明しています(英語の原文を訳したもの)。どちらも内側を柔らかくする方法ですが、どちらも食パンの条件ではありません。


「Hokkaido milk bread」とは

King Arthur は北海道を「乳製品で知られる」県と紹介し、ミルクブレッドは「Japanese milk bread や Hokkaido milk bread と呼ばれることが多い」と書いています(英語の原文を訳したもの)。この名前は、上で見た日本のどちらの定義にも出てきません。英語のこの呼び名がどこから来たのか、日本でどれほど使われているのかを示す日本の一次資料は見つけられませんでした。日本のパンの分類ではなく、特徴を表した呼び名と考えるのが妥当です。


角食と山食

規約が求めるのは直方体か円柱状の型だけなので、どちらの形も食パンです。旅行情報サイト LIVE JAPAN の取材に答えた JPCA 認定のパンコーディネーター、遠山晴菜さんは、角形はふたをして焼き、ふたをしない山形は「イギリスパン」とも呼ばれると説明しています。

アメリカのパン作りでいえば、角食はふた付きの「Pullman pan(プルマン型)」で焼くパンにあたります。キユーピーの基本のたまごサラダサンドは、10枚切りの角食をすすめています(詳しくはたまごサンドの記事で)。


何枚切りと「斤」

厚さの目安として、キユーピーはたまごサンドに10枚切りを指定し、1枚約12mmとしています。

包装パンのルールでは、「1斤」と表示できるのは340g以上のものだけで、包装には「1斤は340g以上です」とも書く必要があります。それより軽いものは斤の分数で表示します。

好みには地域差があります。第一屋製パンは2019年の発表で、既存ブランドの2018年の売上(金額)が5枚切り、6枚切り、8枚切りにどう分かれたかを地域別に示しました。ここでの「西日本」は近畿、中部、中国、四国です。

地域5枚切り6枚切り8枚切り
西日本41.3%52.9%5.8%
東日本4.4%55.4%40.2%

同社は、西日本では厚切りが好まれると結論づけています。1社の売上で全国調査ではありませんが、差は大きく、6枚切りがどこでも中心で、西は厚め、東は薄めに傾いています。


パン粉:パン粉にするために焼くパン

パン粉は英語でもそのまま「panko」です。英語の辞書 Merriam-Webster は、「パン」をポルトガル語の pão にさかのぼらせ、英語で「panko」が使われた最も古い例を1970年としています。

日本にはパン粉の日本農林規格(JAS 1491:2024)があります。2007年に制定され、2024年8月に改正されました。ほかの JAS 規格と同じく、格付けを受けて JAS マークをつけるかはメーカーの任意ですが、国が文章で示した定義です。主に小麦粉からなるイースト入りの生地を、

発酵させたものをばい焼等の加熱をした後、粉砕したもの — 農林水産省 JAS 1491 パン粉

と定めています。日本の定義では、パン粉はまずパンです。発酵させたイースト生地を加熱してから砕いたもので、別の方法で作った粉ではありません。規格は水分で分けています。

JAS の種類定義
乾燥パン粉水分14%以下に乾燥したもの
生パン粉乾燥していないもの
セミドライパン粉上のどちらでもないもの。「半生パン粉」と表示してもよい

電極式で焼くパン

パン粉のなかには、ふつうの意味ではオーブンに入らないパンから作られるものがあります。青木孝氏は『神奈川大学 理学誌』の2019年の論文で、生地を2枚の金属板ではさみ、電流を流して加熱する電極式のパンを、1935年に陸軍の阿久津正蔵が考案した方法と装置にさかのぼらせています(それ以前にも電極式の炊飯の特許が日本にあり、電流でパンを焼く発想はアメリカにもすでにあったと青木氏は書いています)。全国パン粉工業協同組合連合会への問い合わせで、電極式のパンはいまも作られ、パン粉に加工されていることを確かめています。電極式のパン粉は、実際には焼いていないため、オーブンで焼いたパンのパン粉より白く、やや硬く仕上がるそうです。また、出典は示していませんが、最初にパン粉を商売として売ったのは1907年、東京・京橋八丁堀の丸山寅吉だと書いています。

JAS の定義はどちらの方法も指定していません。「ばい焼等」とあるだけです。

アメリカの店頭のパン粉

キッコーマンのアメリカ向けページは、自社のパン粉を「特別に焼いた、耳のないパンから作る」と説明し、「ふつうのパン粉より粒が大きく、薄片状で軽い」「ほかのパン粉のように詰まらずに衣になる」と書いています(英語の原文を訳したもの)。原材料は小麦粉、きび砂糖、イースト、塩です。アメリカのブランド Progresso のプレーンのパン粉は、漂白小麦粉、キャノーラ油、イーストに、2%未満のぶどう糖、砂糖、塩です。ページでは「中挽き」と説明しています。

どちらも原材料に小麦粉とイーストがあり、イーストで発酵させたパンを砕くという JAS の考え方には合います。ただ、作り方については、キッコーマンの「特別に焼いた、耳のないパン」以上の説明はどちらのページにもありません。

パン粉はフライやカツの衣です。から揚げは粉やでんぷんをまぶすもので、パン粉は使いません(から揚げ、竜田揚げ、ザンギを参照)。揚げたあとにかけるソースについては日本のソースの種類で書いています。


基本の食パン(ニップンの作り方より)

大手製粉会社ニップンが公開している「食パンの作り方」をもとにしています。湯種も牛乳も使わないストレート法です。当サイトでは試作していません。

1本分

材料分量ベーカーズ%
強力粉300g100
ドライイースト6g(小さじ2)2
塩6g(小さじ1)2
砂糖12g4
スキムミルク6g2
ショートニング12g4
ぬるま湯(約30°C)216mL72

型の選び方。 ニップンは型のサイズを書かず、容積で決める方法を示しています。型に水を満たしてその重さを量り、その30〜40%の重さの生地を使います(深い型なら30%寄り)。この材料で生地は約560gになるので、ニップンの目安では容量約1,400〜1,860mLの型に合う計算です。これは当サイトの計算なので、手持ちの型で確かめてください。なお、ニップンのページは1本分の生地を450〜500gともしていて、材料表で作れる量より少なめです。型が小さめなら分量を減らしてください。

作り方

  1. 混ぜる。 ボウルに強力粉の半量を入れ、ドライイーストを混ぜます(ニップンは予備発酵させずに粉に直接混ぜています)。塩、砂糖、スキムミルクをぬるま湯に溶かして全量を加え、べたつくまで混ぜます。残りの粉を加えてさらに混ぜます。
  2. こねる。 台に出してこねます。ショートニングを練り込み、耳たぶくらいの柔らかさで、薄い膜状にのびるまでこねます。こね上げ温度は約28°Cが目安で、水温で調整します。夏は約25°C、冬は45°Cまでです。
  3. 一次発酵。 覆いをして28〜30°Cで40〜60分、2〜2.5倍にふくらむまでおきます。粉をつけた指で穴をあけ、すぐ戻るならまだ、穴が残れば適正、全体がしぼむなら発酵しすぎです。
  4. ガス抜き。 ガスを抜いて生地をたたみ、ボウルに戻してさらに20〜30分発酵させます(時間がなければ省いてよい、とニップンは書いています)。
  5. 分割・ベンチタイム。 2つに分けて丸め、覆いをして15〜20分休ませます。
  6. 成形。 それぞれめん棒でのばして四つ折りにし、端をつまんで丸め、ショートニングを塗った型にとじ目を下にして2つ並べます。
  7. 最終発酵。 約36°Cの暖かく湿った場所に30〜40分おき、型の縁から約2cm上までふくらませます。
  8. 焼く。 190°Cに予熱し、下段で190〜200°Cで約30分、しっかり焼き色がつくまで焼きます。

ニップンのページにはふたの記述がなく、生地を型の縁より上まで発酵させるので、ふたなしで焼く山形の作り方と読めます。ふたをする角形の作り方は書かれていません。

ホームベーカリーの場合

ニップンのホームベーカリー用レシピ(1本分)は、強力粉250g、ドライイースト3g、水190mL、スキムミルク大さじ1、塩4g、上白糖大さじ2(約18g)、無塩バター10gで、ホームベーカリーの基本の食パンコースで焼きます。タイマーで生地をおいておけるよう、スキムミルクを使っているそうです。牛乳を使う場合は、スキムミルクと水の代わりに牛乳80mLと水110mLにできるとしています。同じパンの、スキムミルク版と牛乳版がメーカー自身から示されていることになります。


食パンとミルクブレッドを並べると

食パン(日本の定義)「Japanese milk bread」(英語圏の典型的なレシピ)
何で決まるか食パン型で焼くこと牛乳を使った柔らかい内相
牛乳任意。スキムミルク少量が多い中心
タンジョン・湯種製法の選択肢のひとつ決め手の技法として紹介されることが多い
形角形(ふた付き)か山形(ふたなし)山形が多く、プルマン型もある
例ニップンのストレート法の食パンMasterClass の牛乳入りタンジョン食パン

よくある質問

海外では食パンはどう紹介されていますか。 英語圏では「Japanese milk bread」や「Hokkaido milk bread」と呼ばれ、牛乳とタンジョン(湯種)で作る柔らかいパンとして紹介されることが多いです。日本の包装食パンの規約が食パンを型で定義していることは、ほとんど伝わっていません。

「ミルクブレッド」と呼ぶのは間違いですか。 牛乳をたっぷり使ったパンなら、ふさわしい説明です。ただ食パン全体の定義としては日本の使い方と合いません。またアメリカでは「milk bread」は規制された名前で、練り水が牛乳(または同等の乳原料)であることと、乳固形分の下限が求められます。

北海道ミルクブレッドは日本の分類ですか。 いいえ。北海道の乳製品のイメージを借りた英語の呼び名で、日本のパンのルールにある分類ではありません。どこから始まった名前かは確かめられませんでした。

アメリカのパン粉は日本のパン粉と同じものですか。 キッコーマンのアメリカ向けパン粉と Progresso のパン粉は、どちらも原材料に小麦粉とイーストがあり、JAS の「パンを砕いたもの」という考え方には合います。ただ、製法はどちらのページにもほとんど書かれていません。


この記事の調べ方

定義は日本語の一次資料によっています。日本パン公正取引協議会の包装食パンの規約、埼玉県の認証基準、愛知県の米粉パンの製法比較、日本食品科学工学会の講演要旨、農林水産省のパン粉の JAS 規格、電極式のパンについての神奈川大学の論文です。アメリカのパン粉の説明は、各メーカーの商品ページだけを使いました。アメリカのルールは連邦規則集(21 CFR 136.110 と 136.130)によります。何枚切りのデータは製パン会社1社の売上です。日本語資料からの引用は原文のまま短くとどめています。作り方はニップンが公開している方法をもとにしたもので、当サイトでは試作していません。型の容量の範囲は、ニップンの目安から当サイトが計算したものです。英語圏の説明は、執筆時点の MasterClass と King Arthur Baking のページで確かめました。

参考資料

日本の規約と公的資料:

日本の研究:

日本のメーカー:

日本のメディア:

アメリカの規則:

アメリカのメーカー:

英語圏の資料と例:


この記事は、シリーズ英語の日本料理レシピは何を間違えているのかの一本です。

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