日本ではこう食べる

「大皿は箸を逆さに」と書く英語のマナー案内:日本の資料との食い違い

英語圏の日本の食事マナー案内には、大皿から取るときは箸を逆さにするのが礼儀だと書くものがあります。日本のマナーの資料はそれを逆さ箸、返し箸と呼び、取り箸を使うよう勧めています。両者の違いと理由を確かめます。

食卓に置かれた取り分け用の鍋。そばの箸置きに、長い取り箸が一膳添えてある。

大皿の餃子や鍋を囲んでいて、取り分け用のスプーンがない。そんなとき、よく読まれている英語の案内のいくつかには、すぐに答えが書いてあります。箸を逆さに持ち替えて、口をつけていないほうの端で取ればよい、というものです。気配りとしてもっともらしく、善意で書かれています。

日本のマナーの資料は違う見方をします。この動作には逆さ箸、返し箸という名前があり、同席する人を不快にさせる「嫌い箸」の一つに数えられています。勧められているのは、取り箸を使うこと、なければ頼むことです。

どちらも目指しているのは、自分の口をつけたものを、ほかの人が食べる料理に触れさせないことです。それぞれが何と言っているか、日本の資料はなぜ反対するのか、鍋ではどうするのかを見ていきます。

要点

  • 日本のマナーの資料は、大皿には取り箸を使うよう勧めています。 自分の箸を逆さにするのは逆さ箸、返し箸と呼ばれ、嫌い箸の一覧に入っています。
  • 取り箸がなければ頼む。 店なら店員に、家なら用意しておきます。
  • 日本の資料が挙げる理由は2つ。 逆さにした端は手で持っていた部分で清潔ではない、というものと、祝い箸の考え方から説明するものです。
  • くだけた場では事情が変わります。 鍋のマナーについて取材を受けたマナー講師は、気心の知れた仲間うちで全員が気にしないなら、直箸も鍋の楽しみだと述べています。大事なのはその場を読むことです。ただし直箸もそれ自体が嫌い箸の一つです。
  • 英語の案内も大きく外れてはいません。 3つとも別の箸や取り分け用の道具に触れていて、Tasting Table はそれを先に挙げています。違うのは、逆さ箸を許される方法、あるいは望ましい方法として扱っている点です。

英語の案内は何と書いているか

箸を逆さにする助言は、よく読まれている英語のページに出てきます。3つの例です(いずれも英語の原文を訳したもの)。

出典書かれていること
Wikipedia(英語版)「Customs and etiquette in Japanese dining」共用の皿から取るときは「家族やごく親しい友人とでないかぎり、箸を逆さにすべき」で、そのほうが衛生的とされる。別の方法として「共用の皿用に別の箸を用意してもよい」。
Time Out Tokyo「How to use chopsticks like a Tokyoite」(2018年)「箸を逆さにして、後ろの端で取ればよい」。別の方法として「余分な箸が用意されているか、いつでも頼める」。
Tasting Table の箸のマナー(2025年)店は「たいてい共用の皿から自分の皿に移すための別の道具を用意している」。用意がない「まれな場合」には「箸を逆さにして、食べていないほうの端で取り分けるのが最も礼儀正しい」。箸の先を手で扱うのに抵抗がある人は「最初に別の道具を頼むほうがよいだろう」。

よく読むと、いいかげんな書き方ではありません。Wikipedia は家族や親しい友人を例外とし、別の箸にも触れています。Time Out Tokyo は箸をいつでも頼めると書き、Tasting Table は店が取り分け用の道具を出すことを前提にしています。日本の資料と分かれるのは、逆さ箸そのものの位置づけです。Wikipedia と Time Out Tokyo はそれを最初の方法として示し、Tasting Table は用意がないときの「最も礼儀正しい」方法と呼んでいます。日本の資料では、それはマナー違反です。

日本の資料は何と書いているか

nippon.com の日本語の資料「意外と知らない箸のマナー」は、嫌い箸、禁じ箸、忌み箸として40以上の動作を挙げています。そこに返し箸(逆さ箸)があり、料理を取り分けるとき、口をつけた先が触れないよう箸を上下逆に持ち替えること、と説明しています。

新潟県三条市の食育だよりも、共用の料理を取り分けるときに箸を逆さにすることを逆さ箸として挙げ、ひとことこう添えています。

「取り分け用の箸を準備しましょう。」 — 三条市 食育だより No.127(2016年)

同じ号は、取り箸に対して、一人ひとりが使う箸を「お手元」と説明しています。マイナビニュースの箸のタブーの一覧も、大皿から料理を取るときに箸をひっくり返すことを逆さ箸として挙げています。

nippon.com の箸文化の解説は、岐阜大学大学院准教授で小笠原流礼法総師範の柴崎直人氏が監修しています。祝い箸の項で、おせちや大皿の料理を取り分けるのに端を持ち替えるのは問題だとして、こう続けています。

「さらには「返し箸(逆さ箸)」というマナー違反なので、ちゃんと取り箸を用意しよう。」 — nippon.com(柴崎直人 監修)

逆さ箸が好まれない2つの理由

1. 「きれいな端」は手で持っていた端

日本の雑誌サイト Precious.jp の鍋のマナーのクイズは、店に取り箸がないとき箸を逆さにするべきか、と問い、答えは「いいえ」です。

「箸を逆に持つ「逆さ箸」は、気を遣っているように見えて、手で触れた部分を鍋の中に入れることになるので、不衛生です。」 — Precious.jp 鍋のマナーのクイズ(2020年)

マナーとしてもよくなく、不衛生で不快に感じる人もいるとして、店員に取り箸を頼むよう勧めています。

英語の案内は、口に触れていないから後ろの端は清潔だと考えます。日本の資料は、その端が食事のあいだずっと指に触れていたことを指摘します。口は料理から離れますが、持ち手が共用の皿に入ります。

2. 祝い箸の両端は神様と分け合うもの

nippon.com は別の理由を挙げています。正月や祝いの日に使う祝い箸(柳箸)は両端が細くなっていて、神人共食、つまり神様と食事を分け合うためのものです。口をつけていないほうに持ち替えるのは神様の食事のじゃまになる、と説明したうえで、先の引用のとおり返し箸だから取り箸を用意しよう、と続けています。

祝い箸に限った説明ですが、このルールが衛生だけに根ざしたものではないことがわかります。同じ解説は、家族で一人ひとり自分の箸を持つ習慣も、歯ブラシを共用しないような衛生の考えより、精神的な清浄さの感覚から来ていると書いています。

鍋ではどうするか

英語圏の読者がいちばん迷うのは鍋ですが、日本人も迷います。小学館の @DIME が紹介したリクルートライフスタイルの鍋の調査(2018年、20〜30代の1,044人)では、鍋を食べるときの気がかりの1位が直箸をしてよいか、2位が人の分を取り分けるべきか、でした。記事は順位だけで、割合は示していません。

日本の資料の助言は、次のようにまとめられます。

  • 取り箸は料理と一緒に出す。 マイナビニュースは大皿に取り箸を添えるのがマナーとし、三条市は用意するよう呼びかけています。店で用意がなければ店員に頼む、と Precious.jp は書いています。
  • 取り箸は移すため、お手元は食べるため。 三条市の食育だよりは、まさにこの線を引いています。
  • 取り分け役がいてもよい。 同じ @DIME の記事で、小笠原流礼法の師範の資格を持つマナー講師の酒井しのぶ氏は、大人数なら鍋の近くの人がまわりに取り分けると親切だと述べています。3〜4人なら取り分ける必要はなく、まだ取っていない人に声をかければよい、としています。

今回使った日本の資料は、汁をすくうおたまには触れていません。(地域で違いのある鍋料理の例は、すき焼きの関東と関西で書きました。)

その場しだい

日本の資料のどれも、これを一律に守るべき規則とは書いていません。いちばんはっきりしているのは @DIME の酒井氏です。家族のあいだでも直箸をいやがる人がいるので、自分ではなく相手の感じ方を基準にすべきだとしつつ、全員が気にしない親しい仲間なら、鍋から直接食べるのも鍋の楽しみだと述べています。結論はこうです。

「その場の『和』を崩さないように臨機応変にふるまうのも、またマナーです」 — 酒井しのぶ(マナー講師)、@DIME(2018年)

直箸そのものも同じ嫌い箸の一覧に入っているので(nippon.com の資料とマイナビニュースの両方)、酒井氏の話は親しい間柄での例外で、一般的な許可ではありません。Wikipedia の「家族やごく親しい友人」の例外と一部重なりますが、酒井氏は家族でも気にする人がいると注意しています。親しい場以外では、日本の資料は逆さ箸ではなく取り箸を勧めています。

実際には逆さ箸をする人もいるのでしょうか。マイナビニュースは、直箸を避けようとして逆さ箸をしたことはないか、と読者に問いかけていて、する人がいることをうかがわせます。どのくらい一般的かを調べた調査は見つかりませんでした。

ほかの嫌い箸は英語の案内とも一致

英語の箸のタブーの一覧は、おおむね正確です。立て箸と箸渡し(合わせ箸)については、Wikipedia、Time Out Tokyo、Tasting Table の3つともが避けるよう書き、葬儀や死者への供え物と結びつけて説明しています。nippon.com も、枕飯に箸を立てて供えることに触れ、こう書いています。

「同様に、ご飯に箸を突き立てる「立て箸」も、死者へのお供えを連想させる禁忌である。」 — nippon.com(柴崎直人 監修)

今回見た範囲では、英語の案内と日本の資料のずれが目立つのは、取り分けの場面の逆さ箸です。

よくある質問

海外では逆さ箸はどう受け取られていますか。 英語圏の案内のいくつかは、大皿から取るときの気配り、あるいは「最も礼儀正しい」方法として紹介しています。口をつけた端を料理に触れさせない、という考えからです。日本のマナーの資料では嫌い箸の一つです。

外国の人が逆さ箸をしていたら、どう伝えればよいですか。 意図は正しいので、取り箸を頼めばよいと伝えるのがよいでしょう。日本の資料も、取り箸がなければ店員に頼むよう勧めています。Time Out Tokyo も、余分な箸はいつでも頼めると書いています。

英語の案内は、ほかの箸のマナーも間違えていますか。 立て箸と箸渡しについては、日本の資料と一致しています。食い違いが目立つのは取り分けの逆さ箸です。

この記事の調べ方

主に日本語のマナーの資料によっています。岐阜大学の柴崎直人氏が監修した nippon.com の箸文化の解説と箸のタブーの一覧、三条市の食育だより、Precious.jp、@DIME、マイナビニュースの記事です。英語の例は Wikipedia、Time Out Tokyo、Tasting Table で、2026年10月に確認しました。日本で逆さ箸がどのくらい行われているかの調査と、共用のおたまに直接触れた日本の資料は見つからなかったため、どちらについても主張はしていません。

参考資料

日本語の資料:

英語圏の案内の例:


日本の食卓の作法については、味噌汁は日本でどう食べられているかもどうぞ。

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